【農業分野のJ-クレジット制度】中干し期間の延長による減収リスクを抑え、追加収入を得る方法
温室効果ガスの排出削減量・吸収量をクレジットとして国が認証する「J-クレジット制度」が、農業分野でも注目を集めています。本記事では、J-クレジット制度の概要をはじめ、農業分野における取り組みの1つである「水稲栽培による中干し期間の延長」について、メリットや適用条件、申請方法を解説します。
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目次
J-クレジット制度とは? 農業分野における方法論は6つ
出典:農林水産省「農産>地球温暖化対策」所収『「水稲栽培における中干し期間の延長」のJ-クレジット制度について(令和6年(2024年)5月)』よりminorasu編集部作成
J-クレジット制度とは、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が「クレジット」として認証する制度を指します。
農林漁業者は、この取り組みによって生じたクレジットから販売収入を得ることができ、農林水産分野での活用が期待されています。
J-クレジット制度では、温室効果ガスの排出削減や吸収に貢献する技術ごとに適用範囲や削減・吸収量の算定方法、モニタリング方法などを規定しており、これを「方法論」といいます。
J-クレジット制度全体で70以上の方法論があり、このうち農業分野には以下6つの方法論があります(2024年5月現在)。
1.⽜・豚・ブロイラーへのアミノ酸バランス改善飼料の給餌
乳用牛・肉用牛・肥育豚・ブロイラーに給餌する飼料を、慣⽤飼料からアミノ酸バランス飼料に代えることで、排せつ物管理区分からの一酸化二窒素(N2O)排出量を抑制する方法です。
2.家畜排せつ物管理⽅法の変更
家畜(乳用牛・肉用牛・豚・採卵鶏・ブロイラー)の飼養における排せつ物の管理方法を変更することにより、メタン(CH4)や一酸化二窒素の排出量を抑制する方法です。
3.茶園⼟壌への硝化抑制剤⼊り化学肥料⼜は⽯灰窒素を含む複合肥料の施肥
茶の栽培において、硝化抑制剤入りの化学肥料または石灰窒素を含む複合肥料を茶園に施肥し、取り組み前と比較して施肥量を減らすことにより、土壌からの一酸化二窒素排出量を削減する方法です。
4.バイオ炭の農地施⽤
バイオ炭とは「バイオマスから作られた炭」を指します。一定の条件と品質基準をクリアしたバイオ炭を農地に施用することにより、難分解性の炭素を土壌に貯留する方法です。
▼バイオ炭の農地利用については以下の記事をご覧ください。
5.⽔稲栽培における中⼲し期間の延⻑
⽔稲の栽培中に行う「中干し」の実施期間を従来よりも延長することで、土壌からのメタン排出量を削減する方法です。
6.⾁⽤⽜へのバイパスアミノ酸の給餌
バイパスアミノ酸を加えた飼料を肉用牛へ給餌することにより、枝肉重量当たりの温室効果ガス
の排出量を抑制する方法です。
2023年、J-クレジット制度の方法論に追加された「水稲栽培における中干し期間の延長」とは?
pu- / PIXTA(ピクスタ)
「⽔稲栽培における中⼲し期間の延⻑」は、2023年4月に農業分野でのJ-クレジット制度の方法論の1つとして追加されました。
農林水産省の報告によると、日本の農林水産分野の温室効果ガス排出量のうち27%を占めるのが「稲作」分野からの排出であり、発生源は水田から発生するメタンとされています。
メタン発生を抑制する方法として、水管理作業の一環で行われる「中干し」の期間延長による効果が注目されており、農林水産分野全体の温室効果ガス排出量の削減に貢献することが期待されています。
「水稲栽培における中干し期間の延長」は、中干し期間の延長によるメタン排出削減量(二酸化炭素相当)を評価し、認証されたJ-クレジットを販売することで追加収入が得られるしくみです。
出典:農林水産省「農産>地球温暖化対策」所収「『水稲栽培における中干し期間の延長』のJ-クレジット制度について」
中干し期間の延長がメタン発生の抑制につながる理由
出典:農研機構「農業環境研究部門|農業環境変動研究センターおよび前身研究所(農業環境技術研究所)の技術マニュアル」所収「水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル(改訂版)」よりminorasu編集部作成
水田の土壌には、堆肥や稲わらなどの有機物が含まれています。これら有機物が分解されると二酸化炭素(CO2)や酢酸が生じ、メタン生成菌によってメタン(CH4)が生成されます。
メタン生成菌は嫌気性菌です。湛水状態の水田は土壌中の酸素が乏しいため、メタン生成菌が活発化します。メタン発生を減らすには非湛水状態を長く維持することが重要で、「中干し」が注目されています。
独立行政法人 農業環境技術研究所の調査によると、中干し期間を慣行の日数から7日間延長することで、メタンの発生量が約30%削減されることが示されています。
出典:独立行政法人 農業環境技術研究所「平成24年度(2012年) 研究成果情報」内「水田の中干し延長によるメタン発生量の削減」
▼「中干し」の効果や方法については以下の記事をご覧ください。
J-クレジット制度「水稲栽培における中干し期間の延長」の適用条件
出典:農林水産省「農産>地球温暖化対策」所収『「水稲栽培における中干し期間の延長」のJ-クレジット制度について(令和6年(2024年)5月)』よりminorasu編集部作成
J-クレジット制度「水稲栽培における中干し期間の延長」を適用するための条件は以下のとおりです。
水稲栽培において、プロジェクト実施水田における中干しの期間を、プロジェクト実施前の直近2か年以上の実施日数の平均より7日間以上延長すること。
すでに中干し期間の延長に取り組んでいる場合でもJ-クレジット制度は適用されますが、従来の期間よりもさらに7日間以上延ばす必要があります。
延長しすぎると収量減のリスクが高まるため、それを踏まえて実施の可否を判断することが大切です。
中干し期間の延長でJ-クレジットを申請する方法
実際に中干し期間の延長でJ-クレジット制度による収入を得るためには、以下の3つの手続きが必要です。
- J-クレジットの販売・申請を行う事業者のプロジェクトに登録
- 過去の平均日数より7日間以上長く中干しを実施
- 「中干し実施日数の記録」や「排出削減量の計算に必要な情報」を提出
それぞれの手続きを解説します。
1. J-クレジットの販売・申請を行う事業者のプロジェクトに登録
まず、J-クレジット制度にプロジェクト登録申請とクレジット認証申請をする必要があります。申請方法は、個人で直接申請する形式と、自治体や農協、企業などのプロジェクトに参加する形式に分けられます。
すでに登録されているプロジェクトへ参加することによって、個人農家でも比較的容易に収益化を実現できます。
例えば、FAEGERやGreenCarbonなどが中干し期間延長の方法論を用いたプロジェクトに登録しているため、お問い合わせや参加の申請を行います。
FAEGER「農家の皆様へ カーボンクレジットのご活用で、地球温暖化の抑制に貢献しながら、追加収入が得られます!」
GreenCarbon「稲作コンソーシアム」
2. 過去の平均日数より7日間以上長く中干しを実施
直近2か年以上の中干し実施日数の「平均日数」を割り出し、その日数より7日間以上延長して中干しを実施します。
J-クレジット制度における中干しの定義は以下の通りです。
出典 環境省、経済産業省「J-クレジット制度ホームページ」内「方法論」「中干しとは、水稲の栽培期間中、出穂前に一度水田の水を抜いて田面を乾かすことで、過剰な分げつ(根元付近からの枝分かれ)を防止し、成長を制御するための作業をいう」
「中干しの期間は、この目的を達成するために、出穂前に、水田の用水の取水口が閉じかつ排水口が開いている状態を継続させた期間のうち最も長い期間とする」
「したがって、中干しの開始日は当該水田の用水の取水口を閉じかつ排水口を開いた日、終了日は当該水田の用水の取水口を開き又は排水口を閉じた日とするが、実施中に出穂を迎えた場合にはその出穂の前日に終了したものとみなす」
「中干しの実施日数は整数とし、開始日と終了日はこれをそれぞれ1日と計上する。出穂日は、水田中の概ね5割の茎が出穂した時期をいい、幅をもった期間で示すことを妨げない」
中干し期間中に取水口を開けて差し水を行った場合は、その時点で中干しは終了したとみなされるため注意が必要です。
3.「中干し実施日数の記録」や「排出削減量の計算に必要な情報」を提出
中干し実施の適用条件を満たすことの証明として、以下の情報が必要になります。
- 直近2か年以上の中干し実施日数
- 中干し延長を行う年の中干し開始日・終了日と実施日数
- 中干し延長を行う年の出穂日を記録した生産管理記録
- 生産管理記録に記載された中干しの開始日・終了日の記録が実態と相違ないことが客観的に確認できる証跡(写真など)
写真などの証拠は、同一管理の水田ごとに少なくとも1点ずつ生産管理記録に添付することが定められているため、忘れずに記録することが重要です。
出典:農林水産省「農産>地球温暖化対策」所収『「水稲栽培における中干し期間の延長」の J-クレジット制度について(令和6年(2024年)5月)』よりminorasu編集部作成
また、J-クレジットは排出削減したメタンの量に応じて創出されるため、メタン排出削減量の計算に以下の情報も用意してください。
- 作付面積・所在地域がわかる情報(営農計画書・eMAFF農地ナビなど)
- 水田の日減水深の測定記録
- 直前の稲作で出た稲わらの持ち出し量
- 作付け前に施用した堆肥の量
出典:農林水産省「農産>地球温暖化対策」所収『「水稲栽培における中干し期間の延長」の J-クレジット制度について(令和6年(2024年)5月)』よりminorasu編集部作成
J-クレジットの活用で中干し期間を延長するメリット・デメリット
水稲の中干しは、根の健全な育成や過剰な分げつを抑制できるため、米の品質や収量向上のために実施されてきました。
さらに中干しの期間を延長してJ-クレジットを取得することにより、温暖化対策への貢献につながり、追加収入が得られるというメリットがあります。
しかしその一方、中干し期間の延長は品質や収量への影響といったリスクも生じます。中干し期間の延長を実施する前に、メリットとデメリットを理解したうえで、実施の可否を検討することが大切です。
メリット:作物の販売以外で追加の収入が得られる
J-クレジット制度を活用することにより、水稲の販売収入以外で追加収入が得られる点が大きなメリットです。クレジットが得られるのは最大で8年間であり、長期間にわたって追加収入を受け取れることも魅力です。
クレジットが創出された際の収入金額は、モデル的な水田では1,100~4,000円/10a※とされています。
※上記は排水性の高い水田で、前作の稲わらを全量すき込んだ場合です。実施に得られるクレジットの量は、水田の所在地域・排水性・施用有機物で異なります。また、単価は購入者との相対取引で決まります。
天候などの影響によって中干しの延長が達成できなかった場合でも、別途費用などはかかりません。また、環境保全型農業直接支払交付金と併せて受けることができます。
デメリット:水稲の品質・収量へ影響するリスクがある
デメリットとして、水稲の品質・収量へ影響するリスクが生じることが挙げられます。
前述の独立行政法人 農業環境技術研究所の調査によると、中干しを慣行の日数に対して1週間程度延長することで、平均で3%程度の減収が見られました。中干し期間を1週間よりさらに延長すると、より大きな収量減が認められています。
一方、減収した地域を含む多くの地域で、登熟歩合が向上したり、タンパク含量が低下したという報告もあります。
品質や収量を総合的に考慮し、中干し延長を実施するかどうかは個別で判断することが重要です。
出典:独立行政法人 農業環境技術研究所「平成24年度(2012年)研究成果情報」内「水田の中干し延長によるメタン発生量の削減」
栽培管理システムで中干し期間の延長によるリスクを最小限に抑えよう
中干し期間の延長で収入を確保するには、品質や収量の低下リスクを抑えることが重要です。リスクを最小限に抑えるには、例えば栽培管理システム「ザルビオ」を活用することができます。
生育ステージ予測:中干しの適切なタイミングを見極める
品質や収量への影響を最小限に抑えるには、ほ場ごとの分げつの状況を確認して、中干しのタイミングを見極めます。
中干しでは分げつが抑制されるため、中干し開始前に茎数が十分確保されていることを確かめます。茎数の目安は、品種やほ場条件にもよりますが、1株当たり約20本(主茎と分げつ6本)です。
ほ場をこまめに見回って分げつ状況を確認することもできますが、ザルビオの生育ステージ予測では、ほ場ごとの分げつ期が茎数単位で予測されるので、各ほ場の生育状況に応じて適切な中干し開始日を選択できます。
ザルビオの生育ステージ予測機能。ほ場ごとの分げつステージが細かくわかる
画像提供:BASFジャパン株式会社
また、幼穂形成期以降の生育ステージも細かくわかるので、中干し終了日まで事前に判断できます。
中干しの開始または終了日の判断を誤ると、分げつ数を確保できずに収量が減少したり、根域が狭くなることで生長が抑制されて品質が低下したりします。ザルビオを活用して、中干しのタイミングを効率的かつ正確に判断することが重要です。
生育マップ:生育不良を早期に発見してすぐに処置する
中干し期間の延長は、根を痛めるなど、水稲の生育に悪影響を及ぼす可能性があります。日々の生育状況を確認して、異常が認められれば迅速に対処してください。
ザルビオの生育マップ機能では、ほ場内の生育状況をパソコンやスマホで確認できるため、生育不良を早期に発見することが可能です。
ザルビオの生育マップ機能。ほ場内の生育不良がひと目でわかる
画像提供:BASFジャパン株式会社
中干し期間中の生育不良を確認したら、追肥を実施する、あるいは、中干しを終了するなどを判断してください。早期の異常検知と対応で、収量や品質の低下リスクを抑えられます。
2023年3月に追加された、農業分野でのJ-クレジット制度の対象となる取り組みである「⽔稲栽培における中⼲し期間の延⻑」について解説しました。
「⽔稲栽培における中⼲し期間の延⻑」を活用することによって、地球温暖化対策への貢献になり、さらに作物の販売以外で追加収入が得られます。一方、中干し期間を延長することによって減収のリスクが生じるため注意が必要です。
栽培管理支援システム「ザルビオ」を活用することによって、減収リスクを最小限に抑えてください。ザルビオなら、J-クレジットの申請に必要な生産管理データの入力や出力までサポートしています。
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