生きた栽培データを活用して本当に儲かる農業のシステムを作る|前編|必ず完売させるマーケットイン農業
「誰にでもできる農業」「作物を売り切る、稼げる農業」を実現し、農業の活性化を志す株式会社Happy Quality。CEOの宮地さんのインタビューを前後編にわたって紹介します。前編では、農業を「プロダクトアウト型」から「マーケットイン型」の産業へ変えるために農家と流通の仲立ちとなった経緯を伺います。
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目次
株式会社Happy Quality CEO 宮地誠(みやち まこと)さんプロフィール
株式会社Happy QualityのCEO 宮地誠さん
静岡県の浜松市中央卸売市場で、20年以上競り人を勤める。衰退していく農業界を活性化させるため、株式会社Happy Qualityを設立。再現性の高い農業の実現に向けて、精力的に研究開発を進めている。
市場の競り人として感じた業界の衰退
minorasuでもこれまで取り上げてきたように、農家の高齢化や後継者不足の深刻化は、今や周知の事実です。静岡県の浜松中央卸市場において20年以上競り人を勤めた宮地さんは、この状況が日に日に深刻になっていくのを肌で感じていたそうです。
農家の努力が反映されない市場の相場
株式会社Happy Quality CEO 宮地誠さん(以下、役職・敬称略)
農業界の衰退は、そのまま市場業界の衰退に直結します。年々農家の高齢化が進み、農業人口が右肩下がりのままでは、いずれ市場での仕事もなくなってしまう。そう危惧していました。
この衰退を食い止めるために、私にできることは何かと考えたときに、作物が消費者の元に届くまでのシステムに問題があるのではないかと思い至りました。
これまでは、農家が栽培した作物を卸売業者が買取り、小売店に売り、小売店に並んだ作物を消費者が買うという流れが主流でした。卸売業者が農家から作物を買うときは、相場で価格が決定されます。
作物の収量や納品量が多ければ安く、少なければ高くなるというシンプルなしくみです。しかし、この価格決定方法では作物の価格が相場に左右され、農家側の収入が不安定なままになってしまいます。
さらに、相場での取引では農家がどれだけ品質改良や収量アップに尽力しても、その努力が価格に反映されないことがままあります。
生産委託農家から出荷されたトマト
新規就農のハードルが高い
農林水産省が発表した「令和元年新規就農者調査結果」によると、令和元年(2019年)の新規就農者は5万5,870人。しかし、新規就農者の3割程度は生活が安定しないなどの理由で、5年以内に離農していると推計されています。
さらに、全国農業会議所による「平成28年度新規就農者の就農実態に関する調査結果」において、新規就農者の実に75.5%が生計が成り立っていないと回答しています。
また、農林水産省が「平成23年食料・農業・農村白書」において、平成22年度実施の同じ調査から、新規就農者が参入後の1〜2年に経営面で困っていることとして1位にあげた項目をまとめています。それによると、最も多いのが「所得の少なさ」の30.8%、次いで「技術の未熟さ」20.1%になっています。
いざ農業を始めても、十分な収入を得られず、技術を磨く機会にも恵まれないとあれば、新規就農のハードルはますます上がっていきます。農業界の高齢化と相まって、業界が先細っていく危険性が高まってしまうのです。
出典:
農林水産省「令和元年新規就農者調査結果」
農林水産省「平成26年度 食料・農業・農村白書」の第1部 第2章 第1節 農業の構造改革の推進所収「担い手の動向」
全国農業会議所「平成28年度新規就農者の就農実態に関する調査結果」
農林水産省「平成23年度 食料・農業・農村白書」の第1部 第3章 第3章 農業の持続的な発展所収「農業就業者の動向」
宮地 確実に利益をあげるノウハウやシステムを持った農家は、業界の中でもごく一握り。しかも、栽培技術については多くの農家が長年の経験や勘に頼っているため、新規就農者には再現が難しい。
新規就農のハードルを下げるには栽培ノウハウの再現性を高め、確実に利益を上げるしくみが不可欠なのです。
Happy Qualityが目指す「データドリブン農業」
「データドリブン」という言葉をご存知でしょうか? 「データドリブン」とは、主にIT業界などで使われることの多い言葉で、得られたデータを総合的に分析し、未来予測や意思決定、企画立案などに役立てることを指します。
新規就農者のハードルを下げ、定着させるためには「農業の再現性」を高めることが重要だと考えた宮地さんは「データドリブン農業」を提唱しました。
農業界の衰退を打破する可能性を秘めた「データドリブン農業」
宮地 新規就農者が抱える「技術の未熟さ」を解消するためには、地道に経験を積むしかないとこれまで考えられていました。しかし、それでは農業界衰退の負のスパイラルから抜け出すことはできません。
稼いでいる農家が実践する栽培方法を客観的に分析し、そのデータや農学理論に基づいた栽培方法をマニュアル化することができれば、農業の再現性は格段に高まります。
農業未経験者でも確実に栽培できるマニュアルができれば、農業未経験者の就農へのハードルも下がり、農家数の増加や農業界全体の若返りが期待できます。
Happy Qualityが考えるデータドリブン農業のしくみ
資料提供:株式会社Happy Quality
トップ農家の栽培ノウハウが再現可能になれば、新規就農者だけではなく、農場経営に課題を抱える農家の課題解決に繋げることもできます。宮地さんは高品質な作物を栽培するためのマニュアルを作るべく、静岡大学や名古屋大学の研究室と共同研究を進めてきました。
宮地さんが取り組まれている研究内容に関しては後編で詳しく紹介します。
儲かる農業を実現する「マーケットイン農業」
農業における「プロダクトアウト」と「マーケットイン」
株式会社 Happy Quality ホームページ
これまでの作物販売の流れは農家が卸売業者へ作物の販売を委託し、卸売業者から小売店、小売店から消費者という順で販売されていると述べました。作物の価格は競りによって相場が割り出され、卸売業者によって決定されます。
相場で販売価格が決まる従来のシステムでは、必然的に農家の収入は不安定になってしまいます。売り上げの見通しを立てることが難しくなれば、栽培コストや経営にかかる予算を立てることもままなりません。
農家にはハードルが高い小売店との直接取引
宮地 農家の収入が不安定になる状況を解決する方法は至ってシンプルで、農家自身が価格決定権を掌握できる、小売店との直接取引が有効です。作物、すなわち商品の出口を先に決めてしまうのです。
では、実際に農家が直接小売店と取引をしようとして、本当に契約を結ぶことができるのか。これまで栽培に注力し、販売は卸売業者に委託していた農家が、いきなり直接取引交渉をするのは簡単なことではありません。
いざ直接販売を始めようにも、栽培した作物をすべて買い取ってもらえない、などということがあれば大きな損失になってしまいます。
流通側が売りたいのは「消費者が求める」品質と価格の商品
宮地 栽培した作物を購入してもらう、いわゆるプロダクトアウト(開発された商品をどのように販売するかを考えるスタイル)の考え方が色濃く残っているままであれば、自分の力だけで作物を確実に売り切るのは至難の技です。
では、どうすれば小売店相手に全量売り切ることができるのか。競り人時代に築き上げたバイヤーとのコネクションを活用して、どんな作物なら買ってくれるのかを聞いて回りました。
その答えは、「消費者の求める品質の作物」であり、「価格が適正」であれば仕入れるというものでした。そこで私は、Happy Qualityが農家とバイヤーの間に入ることで、この課題を解決できるのではないかと考えたのです。
マーケットイン型の農業を実現するビジネスモデル
「マーケットイン」とはユーザーの意見やニーズを元に製品開発を進めるという意味の言葉です。こちらも前述の「データドリブン」と同様に、ITやマーケティングの世界でよく使われる言葉です。
消費者がどんな作物を求めているのか、どの程度の品質のものが好まれるのかを事前に把握し、ニーズの高い作物のみを栽培・販売するのがマーケットインスタイルの農業ということになります。
宮地 Happy Qualityでは消費者のニーズが高い作物を把握し、その栽培を農家へ委託します。収穫された作物はHappy Qualityが農家から全量を買い取り、バイヤーや小売店に販売します。
このシステムにより農家側は作物を確実に売り切ることができるほか、相場の価格変動の影響を受けずに、一定の単価で作物を販売することができるようになります。
Happy Qualityが農家と消費者との間に立つことで全量販売を確実にする
出典:株式会社Happy Quality ホームページ
ユーザーニーズに沿った作物を生産するための品質追求
ユーザーニーズに沿った商品を販売するに当たり、重要なのは作物の種類だけではありません。ユーザーがその作物に求める品質を把握し、その品質基準をクリアする作物を栽培する必要があります。
品質基準とユーザーの感覚とのギャップに気づく
宮地 この課題をクリアするために、まずは現在の品質基準を見直す必要があることがわかりました。
現在Happy Qualityで取り扱っている商品には、リコピンを通常より多く含む「ハピトマ」というトマトがあります。糖度別に6度から10度まで商品展開しており、消費者は好みの糖度のものを選んで購入することができます。
しかし、このハピトマを売り出した当初、「おいしいと銘打たれているのにおいしくないじゃないか」というクレームを受けることがありました。売れると考えて販売したトマトの基準と、消費者の求める基準にギャップがあったのです。
品質基準を明確にしないことには、ユーザーの求める品質の作物は栽培できません。宮地さんはこのとき、糖度計のしくみについてあることに気がつきました。
一般的な糖度計では作物の本当の糖度はわからない
宮地 なぜ品質基準が明確にならないのだろうと考え、糖度計を調べてみました。すると、おいしいトマトの糖度とレモンの糖度が同じ数値を示したのです。このとき表示された糖度は9.7。高糖度トマトと銘打って販売できる数値です。
しかし、レモンはいくら糖度が高くてもやはり酸っぱい。理由を調べてみると、糖度計で出てくる数値は、糖度だけを示したものではないことがわかったのです。
糖度計に表示される数値は「Brix値」といい、これは水、すなわち果汁に溶け込んでいる固形分の濃度を表します。そのため、糖分だけではなく酸も一緒に計測されて糖度として表示されることもあるのです。
宮地 従来の糖度計を用いた品質基準では、本当においしいトマトがどれかわからず、品質基準から外れたものも一緒に出荷してしまう可能性があります。
それを防ぐためには、糖度のみを正確に計測できる技術と、その技術によって裏付けられた新たな品質基準が必要です。
正確な糖度や成分を測定できる「近赤外線光センサー選果機」の開発
マーケットイン農業を実現するために重要な、ユーザーの求める品質の作物を作るためには、これまで以上に明確な品質基準を設け、それを満たす作物を栽培しなければなりません。
宮地さんは、静岡県袋井市にあるトヨフジ技研株式会社とともに、独自の「近赤外線光センサー選果機」を開発しました。この選果機ではトマトの糖度だけではなく、大きさ、形、傷の有無、リコピン含有量まで計測できるのです。
独自技術の選果機により、リコピン含有量を非破壊で測定することも可能
宮地 この自動選果機の導入にかかったコストは、実に4,000万円。決して安い金額ではありません。しかし、この選果機の導入によって正確な糖度だけではなく、リコピン含有量もわかるようになりました。この技術は日本初のものです。
卸売業者からすれば、リコピン含有量が詳細に分かったところで相場に影響することはありません。
しかし、小売店のバイヤーは、高リコピンかつ高糖度という明確な品質基準を持った商品が消費者にどれだけニーズの高いものであるかを知っています。
独自の選果機を得たことで、ニーズの高いトマトのみを出荷することが可能になったのは、小売店との直接取引の際に活きる大きなメリットです。
糖度別に選果されるトマト
従来の品質基準よりも詳細で明確な独自の品質基準を設け、それをクリアすることで「ユーザーのニーズに応える」作物の栽培を可能にした宮地さん。
この選果機で得られたデータは、トマトの選果だけではなく、栽培にも活用されているといいます。後編では収集されたデータを活用し、栽培ノウハウをマニュアル化する技術開発についてお話を伺います。
■「生きた栽培データを活用して本当に儲かる農業のしくみを作る|後編|誰でも農業を始められる栽培マニュアル」
■株式会社Happy Qualityのホームページもご覧ください
「Happy Quality | 農業支援 | Happy式農業モデル | マーケットイン農業 / 静岡県浜松市」
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福馬ネキ
株式会社ジオコス所属。「人の心を動かす情報発信」という理念のもと、採用広告を中心にさまざまな媒体で情報発信を手がける株式会社ジオコスにてライターを務める。