水耕栽培農家の収入、目安はどのくらい? 新規参入時の試算と成功のポイント
水耕栽培は天候に左右されず、年間を通して安定した生産ができる点が大きな魅力ですが、安定性を保つにはコストもかかることを忘れてはいけません。水耕栽培を成功させるためには、事前にコストを把握し収支をよく見極めることが重要です。
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目次
水耕栽培では、通年で安定した収入が見込める一方、導入時の初期設備費のほか、燃料費、電気代などのランニングコストがかかります。水耕栽培を始める前に押さえておきたいコスト削減や収益を上げるポイントについて、成功事例や失敗例を交えながら解説します。
粗収益や所得額を試算! 水耕栽培農家収入の目安を求める方法
Princess Anmitsu/PIXTA(ピクスタ)
水耕栽培の収支は、同じ作物でも一般的な露地栽培とは大きく異なります。水耕栽培では何にコストがかかり、どの程度の収入が見込めるのか、収支目安の立て方について解説します。
なお、この記事では、厳密には養液栽培といわれる培地を利用した栽培方法についても区別せずに、水耕栽培として記述しています。
作物の標準的な10a当たり収入を求める
作物の平均的な収入目安は、年間収量を想定し、それに販売単価をかけることで求められます。
販売単価を決めるには、販路も考えなければいけません。市場出荷であれば、農林水産省による「青果物卸売市場調査」や、地域の卸売市場が公表している統計情報などが参考になります。
例えばトマトの場合、農林水産省の統計によると令和2年産の10a当たり収量は6,190kg、卸売価格は1kg当たり341円なので、収入は10a当たり211万790円です。
ほかの作物の場合も、この方法で10a当たりの収入を計算し、市場向きか、別の販路を開拓すべきかを考えるとよいでしょう。
出典:
農林水産省「作物統計調査 令和2年産指定野菜(春野菜、夏秋野菜等)の作付面積、収穫量及び出荷量 」
農林水産省「青果物卸売市場調査結果(令和2年年間計及び月別)」
水耕栽培の収支予測
売上高の予測
水耕栽培は、土耕栽培と比較して作物の生長スピードが速く、回転率を高く設定できます。そのため、同じ面積・同じ期間で、慣行栽培より高い収量を見込むことができます。
また、水耕栽培は、病害虫や連作障害の発生リスクが小さく、精緻な水分・養分のコントロールが可能なため、減農薬や高糖度といった付加価値をつけやすいというメリットがあります。
そのため、飲食店や小売店といった仕向け先を自ら開拓することができれば、市場出荷より高い単価で出荷することが可能になります。
ただし、直接販売の場合、仕向け先が設定している販売手数料率によって手元に入る収入が大きく異なってしまうことに留意しましょう。
売り上げ見込みは、これらの要素を加味したうえで行ってください。
収支予測
こうして算出した売上高から経費を除けば、利益の予想が立てられます。
経費には、種苗や農業資材といった費用のほか、パート従業員の賃金や運送費、初期費用を借入金で調達した場合の支払利息なども含めなければなりません。
水耕栽培の導入前には、経費を丹念に洗い出し、損益分岐点と手元に残る現金をできる限り正確に予測しておくことが重要です。
損益分岐点とは、ほぼ固定でかかる費用(固定費)と売上高(収量×販売単価)によって変動する費用(変動費)の合計と、売上高が一致する、利益がゼロのポイントをいいます。損益分岐点を超える売上高を得られなければ利益はでないわけです。
主な変動費・固定費は以下の通りです。
・主な変動費:種苗代、資材代、梱包材料代、パート従業員の賃金、運送費など
・主な固定費:減価償却費、支払利息、役員報酬、正社員の給与など
経営収支試算の具体例
水耕栽培プラント設備を販売している、株式会社アドバンテック・サンスイが、300坪(約10a)の敷地で同社の水耕栽培システムを導入し、水菜を栽培する場合の事業収支例を公表しています。
設備投資資金:3,300万円
年間売上高(年間収量21,000kgを1袋100g×72円で販売):1,512万円
材料費など製造原価:790万円
運送費など販売管理費:345万円(減価償却は耐用年数15年間、残存価額をゼロとした定額法)
支払利息など:100万円(設備投資資金を全額借り入れたと想定)
年間経常利益:277万円
出典:株式会社アドバンテック・サンスイ ホームページ「設備費用と収益性」
これを参考に、導入する水耕栽培システムの導入費用を調べ、自分の計画する水耕栽培の収支を試算してみましょう。
実際にはどのくらい? 成功している水耕栽培農家の事例
マハロ/PIXTA(ピクスタ)
ここでは、露地での水耕栽培という大胆な方法で水耕栽培のメリットを最大限に活かし、大成功を収めた事例を紹介します。
愛知県岡崎市の「ブルーベリーファームおかざき」では、5,000平方メートルの畑に50種1,400本のブルーベリーを水耕栽培しています。
経営者の畔柳茂樹(くろやなぎ しげき)さんは広大な農地を開拓した際、はじめに井戸を掘って水源を確保しました。その後、畑の地面に給水用パイプを埋め込み、除草作業を軽減するために一面に防草シートを張り、そこに培地を入れた大きめのポットを置いてブルーベリーを定植しました。
畔柳さんは、ブルーベリーの潜在能力を最大限に引き出すために原産地の生育環境を再現して栽培することが大切と考え、その方法として溶液培養システムを採用したそうです。
ブルーベリーが好む酸性の肥料をブレンドした溶液で水耕栽培をしています。その結果、土耕栽培では2年生の苗木を定植後、安定した収穫までに3、4年かかるところ、1、2年で収穫に至ったそうです。しかも、甘くてコクのある大粒の実がなり、顧客満足度も上々です。
さらに、この栽培方法では収穫や選定作業以外にはほとんど手がかからず、ほぼ無人で栽培できるそうで、収穫作業も観光農園とすることで作業自体を収益化できます。空いた時間を有効活用してホームページやブログ、SNSを充実させ、観光農園へのIT集客にも成功しています。
畔柳さんは年間わずか60〜70日程度の開園で、農園の売り上げだけで年収2,000万円を実現しました。
水耕栽培の事例としてはやや特殊ではありますが、広大な農地にハウスを設けず水耕栽培するというアイデアは、初期投資の大幅な削減になります。このような柔軟な発想がビジネスの成功をもたらすという点は、大いに参考になるでしょう。
「ブルーベリーファームおかざき」の畔柳茂樹さんへのインタビュー記事がありますので、詳細はこちらもご覧ください。
水耕栽培による農業経営が失敗する2つの主な原因と、成功へ導く対策
ゆらぎ/PIXTA(ピクスタ)
水耕栽培は、うまく軌道に乗せることができず、失敗するケースも少なくありません。失敗から、成功へのカギを学びましょう。
設備の導入にかかった初期投資が大きく、回収できない
水耕栽培に失敗する原因として多いのが、初期投資の大きさです。売り上げが想定より伸びなかった場合などに、利益と償却費の累積が、設備に投じた資金を上回るまで長い期間がかかり、経営が行き詰るリスクがあります。
そのため、できる限り初期投資を抑えることが安定経営のポイントになります。
初期投資を抑える方法の1つが、導入費用が低い水耕栽培技術を選択することです。導入費用の負担が軽いシステムを2つ紹介します。
EZ水耕
水田を利用し屋外で水耕栽培が行える「EZ水耕」という技術は、従来の水耕栽培システムよりも安価に導入できます。
水田に発泡スチロールのパネルを浮かべ、専用の水耕鉢に固形肥料を入れることで溶液栽培と同様の効果を可能にするシステムで、パネルが軽いので扱いやすい点もメリットです。
木製ベッド採用の水耕栽培システム
異業種から参入し、鹿児島市で小松菜やバジルやみつばを水耕栽培する株式会社EN WATER FARMS 代表の茶圓武志(ちゃえん たけし)さんは、設備を導入する際、インターネットで調べ、ベッドの土台を木製にすることで低価格に抑えるシステムを見つけました。
このシステムを採用し、ハウス4棟で1,000万円、水耕栽培の設備は約1,500万円で済んだそうです。
木製の土台は10年使用しても1ヵ所を修理しただけで使用に問題なく、水温の変化が少ないことや修理しやすい点などのメリットもあるといいます。
また、使用する水はすべて雨水を利用しています。ハウスの屋根にたまった雨水をハウスの隣に作った池に貯めておき、それをポンプでくみ上げて使用しています。このため、水道代はかからず、また、雨水には酸素も多く含まれるので栽培に適しているそうです。
株式会社EN WATER FARMS ホームぺージ
株式会社萬成水耕栽培 水耕栽培木製ベッドのページ
期待していた収量が得られない
試算はしっかり行ったものの、実際には想定していた収量が得られなかった、という失敗例も少なくありません。
例えば、水耕栽培は病害の発生リスクは少ないものの、種子や苗、培養液を介して病害が発生す ることがあります。養液と水を常に循環させているため、たちまち病害が広がり非常に厄介です。
用水の消毒、乾熱滅菌済みの種子やネーキッド種子の利用、病害に抵抗性のある品種の選択、密植を避けるなどの栽培上の防除対策をとったうえで、施設内に病原菌を持ち込まない作業手順の徹底が必要になります。
具体的には、施設内に土や池や川の水を持ち込まない、スタッフの手洗い作業用具の洗浄や消毒を入念に行う、使用する用具を地面に置かないなどです。
万一病害が発生したときは、すみやかに罹病株を取り除き、周囲の徹底洗浄や水の交換を行うなどして、被害の拡大を防ぎましょう。
経営の安定のために、補助金の活用も検討を!
TAK.TO/PIXTA(ピクスタ)
新規に水耕栽培を始めてから数年は、思ったほどの収量が得られないのは当然のことです。試行錯誤を積み重ねて、何年もかけて安定した収穫にたどり着くものと、はじめから想定しておきましょう。
数年は収入が不安定でも持ちこたえられるように、十分な資金を準備することが大切です。
新規就農する際には、国や地域が行っている補助金・融資・税制などがあります。施設の整備費用などに充てられる補助金を調べ、積極的に活用しましょう。
例えば、農業用機械・施設の導入時には「強い農業・担い手づくり総合支援交付金」などが使える可能性があります。国が行っている補助事業を利用目的から検索できる、農林水産省の「逆引き辞典」も参考になります。
都道府県や市町村でも、独自の助成やサポートを行っていることがあるので問い合わせてみましょう。
自然災害が多い昨今、天候による影響を受けにくい水耕栽培は多くのメリットがあります。
しかし、高額の初期投資がかかることから、参入するには入念な経営プランを立てることが大切です。
柔軟な発想や工夫で初期投資を抑え、早い段階で利益を上げた事例も多くあるので、成功事例を参考にしつつ、自らのビジョンを明確にして堅実な水耕栽培の成功をめざしましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。