企業の農業参入事例を大公開! 参入メリットや課題、失敗原因はどこにある?
農業は人間の生活に不可欠な食を根幹で支える一方、新たなビジネスの可能性に満ちており、多くの企業が新規参入しています。成功を収めた事例もあれば、失敗し数年で撤退を余儀なくされた事例もあります。双方の事例に学び、堅実な事業計画を立てましょう。
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目次
2009年(平成21年)の農地法改正により農地利用の規制が緩和されて以降、企業による農業への新規参入が急増しています。
その実態や、企業にとってのメリットと課題について、成功事例と失敗事例を挙げながら紹介し、企業による農業参入の成功ポイントを探ります。
要件緩和により、農業へ参入する企業が増加中
skipinof / PIXTA(ピクスタ)
2009年(平成21年)、農地法が大幅に改正されました。この改正では企業による農地の借り入れに関する要件が緩和され、農地を借りて農業を行う「リース方式」であれば、全国の農地を対象に、法人形態や事業要件などの制限なしで参入が可能となりました。
また、農地の権利取得に関する改定もあり、取得する農地の下限面積要件は、地域を管轄する農業委員会が地域の実情に合わせて特例を定めるとし、実質自由化しています。
これらの改正により、リース法人の農業参入は、農地法改正前まで毎年平均65法人の増加だったものが、2009年から2019年までの年平均で379法人の増加となり、2019年末では3,669法人が参入しています。
また、農地保有適格法人(平成28(2016)年4月1日施行の改正農地法により「農業生産法人」から呼称変更)の農業参入も、改正前は7,904法人だったものが、2010年には11,829法人と急激に増え、2020年には19,550法人にまで増加しています。
注目されるのはなぜ? 企業が農業へ参入する3つのメリット
農地法の改正によって参入しやすくなったとはいえ、なぜ多くの企業が農業への新規参入をめざすのでしょうか。企業が注目する農業参入の主なメリットを3つ挙げて解説します。
企業参入を支援・推進している自治体が多い
現在多くの自治体で、企業参入を支援する制度を設けています。
例えば、埼玉県では「企業等農業参入相談窓口」を設け、市町村や関係機関と連携しながら参入を検討する企業に情報提供を行っています。企業の求める条件と受け入れ希望地域をマッチングするといったことで、企業による新規参入をサポートしているのです。
千葉県でも同様に、県や農業事務所、市町村、関連企業や団体などと連携して、企業からの相談に乗ったり、参入プランの作成を手伝ったりしています。また、ホームページ上に、企業の農業参入に必要な基本情報や課題について解説した「企業の農業参入ハンドブック」を公開しています。
参考:千葉県「企業の農業参入について」 所収「千葉県版企業の農業参入ハンドブック(令和3年11月改定版)」
ほかにも、石川県では情報提供や相談といったサポートだけでなく、経営が軌道に乗るまでの5年程度、無利子貸付を行うという支援制度を設けています。
事業の新規開拓に当たって準備や手続き、参入地域との調整などに都道府県から支援を受けられるメリットは大きいといえます。参入予定地域の自治体にどのような支援制度があるかを事前に調べ、最大限に活用すべきでしょう。
また、農業経営基盤強化準備金制度など、農業法人が活用できる国の支援制度もあり、新規事業の開拓にかかる費用負担を税制面から抑えられる点も大きなメリットです。
雇用の維持・事業の創出につながる
もともと農業に関連しない企業が新規参入する場合は、従来の事業を農業分野に活かして事業拡大や経営の多角化を図るケースが見られます。
maricos / PIXTA(ピクスタ)
例として、多様な重機を所有する土木建築業や造園業者が、本来の業務の閑散期に重機やそれを操作する従業員の技術を農業に活用したり、IT関連企業がシステム開発などの技術やノウハウを活かしてスマート農業を推進する事業に参入したりする事例があります。
農業分野の事業に参入することで、閑散期における人材の雇用維持や機材の維持に役立ったり、競争の激しい業界の中小企業が事業範囲を拡大したりできる点が大きなメリットです。
また、農業と関係の深い企業が農業に参入することで、もとの事業との相乗効果もたらす例もあります。
具体的には、食品メーカーや飲食店などが自社で農業経営を始めて、農産物を自社製品に活かしたり、地域の観光業者が自社で観光農園を経営したり、肥料や農業資材のメーカーが自社製品を農業に活用したりといった事例が挙げられます。
そのほか、農業を事業としてではなく、農作業を社員教育や人材育成のための研修に取り入れている企業の例もあります。
これらの事例は、農業が新たな収益源としてだけではなく、既存の事業にも多様なメリットをもたらすことを示しています。
※企業が、自社技術を活かしながら、社員が社会に貢献する場としての役割としての農場を持つ事例については、こちらの記事をご覧ください。
企業のブランドイメージを強化できる
農業は、食料を生産するだけでなく、地域の自然環境を維持するシステムとしても重要な役割を果たしています。また、自然の中で生命に寄り添って行う作業が、心身によい影響を与える効果も期待されます。
そうした農業の特性に着目して、企業のCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)やIR(Investor Relations:企業が投資家に対し投資判断に必要な情報を提供すること)に活用する事例もあります。
makaron* / PIXTA(ピクスタ)
実際の導入例として、特定子会社による農福連携事業による障害者雇用の拡大、耕作放棄地の解消や雇用の創出による地域貢献、営農型太陽光発電の導入による環境・資源への貢献などのケースが挙げられます。
CSRは、投資家による企業評価の重要要素の1つであり、社会的貢献を通して、企業価値の向上にもつながっています。
※特例子会社についてはこちらの記事をご覧ください。
参考にしたい、企業による農業への参入事例
実際に農業に参入した企業の成功事例を紹介します。
【リース法人】異業種から農業参入、地域の耕作放棄地問題解消に貢献した事例
神奈川県綾瀬市にある「株式会社アローレインボー」は、もともと自動車部品の加工・整備を行うアスカテクノス株式会社(旧・ヨコハマテクノス)の事業部でした。
アスカテクノス株式会社は、経営の多角化、耕作放棄地の解消など地域への社会貢献や社員教育などを目的として農業参入を検討していました。
2010年に神奈川県が開催した企業向けのセミナーに参加した際、綾瀬市の農業委員会の斡旋で主に耕作放棄地を借り受けることが決まり、農業参入が始まります。当時の会長が個人で農業経営を行っていたため、栽培技術は会長の指導を受け、農機も譲り受けました。
2013年3月にヨコハマテクノスファーム事業部が独立し、株式会社アローレインボーを設立しました。
常時雇用者4名、臨時雇用者3名で3.2haの農地にナス、きゅうり、里芋、長ネギなどを栽培し、2014年の売上高の見込みは1,800万円です。農産物は川崎市内の直売所をはじめ、都内や横浜で開催されるマルシェに出店して販売しています。
そのほか、SNSによる個人宅配の需要が伸びているため、注文を受け付けるホームページを開設して個人宅配の売り上げを伸ばしていく予定です。
今後は顧客のニーズに応えて栽培品目を増やしていきたいという意欲を燃やしています。
出典:農林水産省 企業等のリース法人の参入事例「異業種から農業の活性化を!」
【農地所有適格法人】本業を活かしながら、定年退職者の雇用を創出した事例
「株式会社 遊楽ファームは」、千葉県白井市で遊休農地の有効活用を考えて設立されました。
親会社である株式会社フジコーが、百貨店や地元の小売店から出る食品残さを利用して堆肥製造を行うようになったため、その堆肥を利用して玉ねぎを生産し、百貨店や地元の小売店で販売するというリサイクルループを確立したのです。
玉ねぎの栽培は農業を志す地域の中高年を中心とし、農家から栽培技術を学びながら玉ねぎの栽培を続けています。当初は購入した苗を定植していましたが、2011年には播種・育苗から栽培できるようになりました。
2015年現在の従業員数は常時雇用者が5~6名、臨時雇用者10名、4.4haの農地で玉ねぎを中心にジャガイモ(馬鈴薯)やかぼちゃ、梨やブドウも栽培し、売上高は2,068万円です。
今後は玉ねぎの掘り取りをする体験農園にも挑戦したいとのことです。
同社は、これから農業に参入する企業に向け、生産が軌道に乗るまでは市役所や農業委員会のサポートが不可欠で、特に農業委員会とは連携を取って進めることが大切だというアドバイスを発信しています。
出典:農林水産省 農地所有適格法人の参入事例「食品残渣から製造した堆肥でリサイクルループを形成」
よくある失敗から学ぶ! 企業の農業参入を成功させるポイント
buritora /PIXTA(ピクスタ)
最後に、新規農業参入をしたものの、軌道に乗せることができず撤退を余儀なくされた事例について取り上げます。
失敗原因-1. 農業に対する知識が不足していた
ある食品会社は、日本の農業の後継者不足や耕作放棄地の問題を解消すべく農業へ参入しました。しかし、3.5haから始めた農地を13haまで拡大し、認定農業者の認定も受けたにもかかわらず、収量を上げることができず、5年で撤退するに至りました。
専任の若い現場担当者を派遣し、地域の生産者グループと提携して2人のベテラン農家に指導を仰ぎながら取り組んだものの、5年で黒字に載せることができず、その後も収益が上がる見込みを立てられない状況でした。
失敗の原因は、知識・経験不足にあったといいます。
家族経営で親の作業を手伝う中で技術を身につけることが多いため、一般企業のような誰でも読めばわかるようなマニュアルは、多くの農家には存在しません。
マニュアルや指導体制が整っている企業から派遣された若い現場担当者にとっては、どう進めてよいかわからない状態です。
一方、指導したベテラン農家は好意的に取り組みましたが、長年の経験を通して感覚的に身につけた技術を伝えるスキルを持ち合わせていませんでした。
また、毎年天候やほ場の条件は変わり続け、前年の経験が次の年に活かせるとは限りません。
こうした農業の特性を理解せず、担当者をいきなり農業事業に異動させても、わずか数年で成果を上げることは困難です。
国の研修支援や参入する地域の農業委員会などのアドバイスも活用しながら、事前にしっかり準備をし、担当者へ知識を身につけさせることが成功には不可欠なポイントです。
失敗原因-2. はじめに高額の設備投資を行った
農業への参入に失敗する企業の特徴を見てみると、効率化・省力化を求めて一気に設備や農業機械などに高額の投資を行ったが、想定していた収益を上げられず資金繰りが悪化して撤退を決めるというケースが多く見られます。
農業分野への参入を検討するなら、まずは事業を小さく始めたうえで、軌道に乗りそうなものへ大きく投資していくという方法をとったほうが、リスクを減らすことができます。
また、参入後数年は収益がほとんど出ない計画で参入する必要があります。
例えば、先に紹介した遊楽ファームでは、小規模な玉ねぎ栽培から初めて、大型の農機はある程度軌道に乗ってから購入しています。
農業では、大型の設備投資を当初から行うことはリスクが高いといえるでしょう。
一般企業の農業参入を阻んでいた農地取得の制約がはずされ、企業にとっては、新規事業として農業に参入するチャンスだといわれています。
しかし、農業を事業として軌道に乗せるには多くの課題があり、農業の特性を理解しないまま参入すると黒字化できないまま撤退するケースも見受けられます。
国や自治体のサポートを最大限に活用し、現地に十分な協力者を得ながら、スモールスタートで始めるケースの成功確率が高いといえそうです。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。