田んぼダム協力のメリット・デメリットは?事例と補助金制度も紹介
水害対策効果の高い「田んぼダム」には、より多くの農家が参加し、広い面積の水田で実施することが必要です。そこで本記事では、田んぼダムのしくみや農作物への影響、各地の事例や支援制度など、田んぼダムについて農家にとって気になる情報をまとめてご紹介します。
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「田んぼダム」とは、水田の持つ貯水機能を強化して、豪雨による洪水被害を軽減するしくみのことです。田んぼをダムとして活用することで、少ないコスト・労力で効率的に農作物や人家への水害被害に備えられるため、国や地方自治体が推進し、支援も行われています。
田んぼダムとは
HiroHiro555/ PIXTA(ピクスタ)
水田や農業用水路はもともと、貯水や治水といった多面的機能を持ち、地域の環境維持に多大な貢献をしてきました。ところが、近年は各地で農地面積が減少し、そうした機能が失われつつあります。そこに集中豪雨の激化が重なり、各地で甚大な被害が多発しています。
そこで、水田が持っている貯水機能を少ないコスト・労力で向上させ、農地や下流にある市街地の洪水被害を軽減すべく推進されている取り組みが、「田んぼダム」です。大雨の際、ダムのように一時的に水田に水を貯め、ゆっくりと排水することで流出量を調整します。
田んぼダムの構造
田んぼダムに取り組むに当たって、すでに排水路や排水桝が整備されている水田では、大掛かりな工事や設備は必要ありません。田んぼダムは、新たな設備を作ることではなく、田んぼをダムのように活用する取り組みのことを指します。
排水桝がない水田の場合、後述するような国庫補助事業を活用して排水施設を設置するとよいでしょう。
出典:農林水産省「流域治水への取組」所収「『田んぼダム』の手引き」(7ぺージ)よりminorasu編集部作成
田んぼダムの構造はとてもシンプルで、排水桝に本来の落口の口径やパイプの直径よりも小さい穴が開いた調整板を設置し、排水量を抑制するだけです。
もともとある水位調整板をそのまま利用し、そこに流出量調整板を追加する「機能分離型」と、水位調整板に穴を開け、1枚の板で流出量も同時に調整する「機能一体型」があります。
具体的には、排水桝の落口は通常15cm程度ですが、調整板の穴の口径はその1/3以下である4cm程度にします。その調整板を流れないように排水桝に固定すれば、田んぼダムのしくみの完成です。
ただし、水を貯めても崩れないように、30cm程度の十分な高さがある、堅固な畦畔が必要です。畦畔の補強が必要な場合も、国庫補助事業を活用できます。
出典:農林水産省「流域治水への取組」所収「『田んぼダム』の手引き」(19ぺージ)よりminorasu編集部作成
田んぼダムに協力するメリット
chiba-edu/ PIXTA(ピクスタ)
田んぼダムの最大のメリットは、水害を抑制する効果があることです。効果は一定ではなく、降水量や水田の状態、調整機具の付け方などの条件によって異なりますが、規模の小さな降雨から大きな降雨まで効果が発揮できます。
農林水産省が2021年に行った「令和3年度 スマート田んぼダム実証事業(以下、実証事業)」のシミュレーション結果を見ると、一例として、降雨量の規模が10年に一度程度の場合、水田からのピーク流水量を機能一体型で約78%、機能分離型では約74%抑制できるとのことです。
また、規模が50年に一度程度の場合は、機能一体型では約36%にとどまりましたが、機能分離型では約85%、100年に一度程度の場合はそれぞれ21%と86%の抑制という結果になっています。
このことから、大規模な降雨ほど、機能分離型がより高い効果を発揮することがわかります。
上記はあくまでシミュレーションによる結果ですが、実際の実証事業の観測結果を見ても、田んぼダムに取り組んでいない場合と比べて、取り組んだ場合はピーク時の流水量の約73%が抑制できたとあります。
ピーク時の流水量を抑制することは、排水路・河川の水位上昇の抑制にもつながり、この水位上昇抑制効果は、田んぼダムの取り組み面積に比例します。すなわち、集水域での田んぼダムへの取り組み面積が大きいほど、水害被害は軽減されます。
「田んぼダム」の効果~水田からの流出量抑制効果のイメージ
出典:農林水産省「流域治水への取組」所収「『田んぼダム』の手引き」(22ぺージ)よりminorasu編集部作成
そして、排水路や河川からの浸水量や浸水面積を軽減する効果は、低平地や傾斜地など地形条件の異なる地域であっても確認できています。
このように田んぼダムに取り組むことによって、豪雨や台風の際に、水田周囲の排水路や河川の水があふれにくくなり、果樹などの農作物はもちろん、近隣や下流の人家を水害から守ることが可能となります。
なお、排水路に水があふれにくくなることは、転作田を持つ農家にとっては、転作田の排水・転作農作物の保護にもつながり、この点もメリットといえます。
田んぼダムに協力するデメリット
sammy_55/ PIXTA(ピクスタ)
田んぼダムの取り組みは、農家に対する大きなメリットはなく、むしろ水稲栽培におけるさまざまなデメリットが考えられます。
例えば、排水口を小さくすることによって、排水時間の増加や雑草などによる排水口の閉塞、水位上昇による畦畔の崩落、といったリスクがあり、それらの管理をする必要があります。
また、中干しや増水前後の調整板の設置・撤去作業、排水桝の管理作業が従来よりも煩雑になる点もデメリットです。
何よりも、水稲の生育ステージ次第では、増水時の水深や冠水・湛水の継続時間によって、生育や収量に影響することが懸念されます。
前出の農林水産省の資料では、許容湛水深は30cmで、最も影響が懸念される穂ばらみ期であっても、葉先が水面から出ていれば1~2日の湛水で20%ほどの被害に収まるとしています。
出典:農林水産省「流域治水への取組」所収「『田んぼダム』の手引き」(30ぺージ)
水深を30cmに抑え、湛水時間をなるべく短く調整することで影響を最小限に抑えられるとされていますが、水稲の生育や収量への影響を覚悟したうえで、地域の水害のために協力するという農家の自主努力が求められます。
そのうえ、田んぼダムの効果は農家の取り組み実施率に依存しており、前項で挙げたメリットをより効果的に活かすためには、広域での取り組みが必要です。少数の農家がバラバラに取り組むのではなく、地域一体となって、多くの農家が協力する必要があります。
田んぼダムの取り組みを継続的に実施・拡大するには、農作業への影響や取り組みのコスト・労力を最小限にすることが大切です。国や自治体には、この大きな課題を理解し、解決することが求められます。
田んぼダムの事例
田んぼダムの取り組みには課題も多く、国や自治体の農家へのサポートが欠かせません。すでに実際に取り組み、成果を上げている事例もあります。
農林水産省のホームページに取り組み事例が掲載されているので、ここでは新潟県と福岡県の事例をピックアップして紹介します。
新潟県の事例
nao / PIXTA(ピクスタ)
新潟県村上市では2002年、洪水被害を受けることが多い下流域の集落からの呼びかけで、上流の集落にある水田で田んぼダムの取り組みが始まりました。
県では多面的機能支払交付金(詳しくは後述)も活用しながら地域への普及啓発を進めており、2020年時点で新潟県内村上市をはじめとした18市町村、約1万5,000haで取り組んでいます。
県内見附市貝喰川流域の浸水シミュレーションによって、田んぼダムを実施することで豪雨当日の洪水被害を軽減できることも明らかになっており、この活動を集落全体で実施することにより、農家・非農家が連携して地域防災に取り組む意識が育まれているとのことです。
出典:農林水産省「洪水防止機能発揮の取組事例」所収「田んぼダムによる洪水防止~水害に強い地域づくりを目指して~ 【村上市ほか16市町村】
福岡県の事例
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福岡県朝倉市は、2012年に九州北部豪雨(1時間雨量が最大約80mm)による大きな被害を受けました。そこで、同時期に上半区で行われていたほ場整備と併せ、多面的機能支払交付金事業に一体的に取り組むことで、効果的に活動を進めていました。
そうした活動を背景に、2014年から田んぼダムに継続的に取り組んでいます。
以前は農家それぞれの判断で排水管理をしていましたが、現在は組織全体の田んぼ約14haで、田んぼダムとして行うようになりました。降雨時には田んぼ全体で約1万4,000立方メートルの雨水を一時的に貯留できます。
この取り組みを始めてから2021年時点まで、田んぼダムのある地域とその下流域で洪水は発生していません。また、排水口の点検や堰板の設置などは、組織全体で行うことで個々の負担を軽減し、ため池や水路周辺の草刈りや景観保全も共同で行っています。
こうした活動は、地域全体の防災意識の向上にもつながっています。
出典:農林水産省「洪水防止機能発揮の取組事例」所収「田んぼダムによる地域での防災への取組 【下半区環境保全組織】
田んぼダムの支援・補助金制度
otamoto17/ PIXTA(ピクスタ)
国や自治体では、田んぼダムに取り組む農家の負担を軽減すべく、さまざまな支援制度を実施しています。ここでは、主な支援制度を3つご紹介します。それぞれ別の事業となっていますが、支援の具体的な内容や金額は同じようです。
これらの支援を希望する場合や、どの事業として申請すればよいかわからない場合は、地方農政局や最寄りの自治体の農地整備担当者に相談するとよいでしょう。
農業競争力強化農地整備事業
この制度は2018年にスタートした事業で、この事業のもと、農業競争力強化のための農地集積・集約化や生産効率向上、高収益作物の導入・拡大など、農業の構造改善を図る幅広い事業が行われています。
2021年には、ここに「水田の貯留機能向上のための取組促進」に関する事業も加えられました。
その中の「農地整備事業」と「農業基盤整備促進事業」の2事業にて、田んぼダム導入に向けた調査・調整経費や畦畔補強・排水路整備などについて、定額支援をするとされています。
主な助成単価としては、畦畔補強の場合は100m当たり14万円、排水口整備(桝の据え付け)の場合は1ヵ所当たり4万5,000円などがあります。
出典:農林水産省「令和4年度農村振興局の補助事業等」所収「農業競争力強化基盤整備事業のうち 農業競争力強化農地整備事業<公共>」、「農業農村整備事業における「田んぼダム」の取組の推進」
農地耕作条件改善事業など
この制度は、意欲ある農家が以下のような取り組みを行うことを支援するものです。
・農業を継続するための環境を整える目的で、区画整理や暗きょ排水・用排水路といった基盤整備を行う
・水稲栽培から高収益作物への転換を行う
・水田の貯留機能向上に向けた畦畔の整備などを行う
・スマート農業を導入する
このうち「水田の貯留機能の向上に向けた畦畔の整備」への支援が、田んぼダム支援に該当します。支援内容の具体例としては前項に挙げたものと同じです。
そのほか、例えば排水路を土水路から幅500mmX高さ500mm以上のコンクリート用水路に更新する場合は、10m当たり14万5,000円(対象となる農地や農業者の条件によって異なる場合があります)が助成されます。
出典:農林水産省「農地の整備」所収「農地耕作条件改善事業の概要」(7ぺージ・12ページ)
多面的機能支払交付金
この制度は、農業・農村の持つ多面的機能を維持・発揮するための、地域の共同活動に対して支援を行うものです。「農地維持支払交付金」と「資源向上支払交付金」があり、田んぼダムへの支援は「資源向上支払交付金(共同)」の「d:防災・減災力の強化」に該当します。
交付の対象となるには、農家個人の活動ではなく組織的・広域的な共同活動であることと、農用地が「農振農用地区域内の農用地」または「都道府県知事が多面的機能の発揮の観点から必要と認める農用地」のいずれかである必要があります。
交付単価は条件により異なり、例えば都府県が資源向上支払に該当する活動を行う場合、田んぼについては10a当たり2,400円、農地維持支払と資源向上支払いの活動を同時に行う場合は10a当たり5,400円、北海道は各々1,920円、4,220円が基本となります。
また、田んぼダムに一定の要件を満たして取り組む場合は、10a当たり都府県で400円、北海道で320円の単価が加算されます。
出典:農林水産省「多面的機能支払交付金」所収「令和4年度 多面的機能支払交付金のあらまし」(3~5ページ、7~10ページ)
sammy_55/ PIXTA(ピクスタ)
今後、気候変動がますます激化し、これまでにない水害も懸念される中、大掛かりな工事や資源を必要としない田んぼダムは、非常に効率的・効果的な防災対策としてより重要性を増すと考えられます。
実施に当たっては、農家に多くの負担がかかりますが、非農家も含めて地域全体で取り組むことが重要です。課題も作業も共有し、より効率的な田んぼダムの推進・維持に努めましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。