田んぼダムとは? 農家のメリットデメリット&使える補助金の例

田んぼダムとは、水田を利用した治水対策の1つです。田んぼの排水桝に堰板を設置して排水量を抑制することで河川の急な増水・氾濫を防ぎます。本記事では田んぼダムの概要からメリット・デメリット、導入事例などを解説します。
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目次
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農林水産省が推進する「田んぼダム」とは?

出典:農林水産省「流域治水への取組」所収「『田んぼダム』の手引き」(7ぺージ)よりminorasu編集部作成
田んぼダムとは、周辺地域の洪水被害やその下流域の湛水被害のリスクを低減するための取り組みです。
水田の排水桝に、堰板や小さな穴の開いた調整板(流出量調整器具)を取り付けることで、水田に降った雨水を時間をかけて排水します。これにより、急な水位の上昇を抑えて水路や河川の氾濫を防ぎます。
田んぼダム取り組みの始まりは、2002年に新潟県の旧神林村(村上市)で、下流域の集落から上流域の集落に向けて呼びかけたことがきっかけです。
現在では、農林水産省が「流域治水」 の一環として、田んぼダムの取り組みを推進しています。
田んぼダムの基本的なしくみ

HiroHiro555/ PIXTA(ピクスタ)
田んぼダムの基本構造は、排水桝に流量調整板を設置して水田の排水量を制御します。田んぼダムには以下の2つの型が存在します。
- 機能分離型:既存の水位調整板に加えて、別途小さな穴の開いた流出量調整板を追加で設置する方式
- 機能一体型:通常の水位調整板に小さな穴を開けることで、水位調整と流出量調整の両方の機能を持たせる方式

特徴 | 機能分離型 | 機能一体型 |
---|---|---|
抑制効果がある降雨量 | 大規模 | 小規模〜中規模 |
排水時間 | 短い | 長い |
設置方法 | 専用の排水桝もしくは器具が必要 | 通常の排水桝に設置可能 |
出典:農林水産省「流域治水の取組」所収「「田んぼダム」の手引き(本文) 」(18ページ)よりminorasu編集部作成
流量を調整する穴の口径は、通常15cm程度ある排水桝の落口の1/3以下(約4cm程度)が目安です。これにより水田の排水量が抑えられ、大雨時でも水田に雨水を貯めて水路や河川の急な増水を防ぐことが可能です。
すでに排水路や排水桝が整備されている水田では、大掛かりな工事や設備導入は必要ありません。もし設置されていない場合は、国庫補助事業を活用して田んぼダムを設置することが可能です。
田んぼダムに期待できる効果
田んぼダムの抑制効果は、さまざまな規模の降雨で発揮するものの、降水量や水田の状態、排水調整機具の設置方法などの条件によって変動します。
農林水産省が実施した「令和3年(2021年)度 スマート田んぼダム実証事業」(以下、実証事業)のシミュレーションでは、以下のような抑制結果が示されています。
降雨規模 | 最大時間雨量 | 総雨量 | 最大流出量の抑制率(%) | 最大流出量の抑制率(%) |
---|---|---|---|---|
機能分離型 | 機能一体型 | |||
10年に一度程度の降雨 | 57.1mm | 168.3mm | 74% | 78% |
50年に一度程度の降雨 | 71.6mm | 242.2mm | 85% | 36% |
100年に一度程度の降雨 | 77.5mm | 277.1mm | 86% | 21% |
出典:農林水産省「流域治水の取組」所収「「田んぼダム」の手引き(本文) 」(22ページ)よりminorasu編集部作成
実際の実証事業での観測においても、田んぼダムを設置することで最大流出量に対して約73%の抑制効果があったことが確認されています。
農家が田んぼダムに協力する2つのメリット

chiba-edu/ PIXTA(ピクスタ)
田んぼダムは洪水被害の抑制に効果があると注目される一方、導入する農家にも次のようなメリットがあります。
1. 小麦や大豆などの湿害を防げる
田んぼダムを設置すれば、排水路の水位上昇が抑えて溢水を防げるため、小麦や大豆などの湿害に弱い作物の浸水被害を軽減することが可能です。
結果として転作作物の品質低下を防ぎ、収量・収益の確保につなげられます。
2. 周辺ほ場や果樹などの保護にもつながる
田んぼダムを設置すると、実施地域だけでなくその下流域の浸水被害も軽減するので、周辺ほ場や果樹園の保護にもつなげられます。
特に果樹は長時間の冠水に弱いため、排水路や河川の幅が狭い箇所、屈曲部など大雨時に水が溢れやすい地域では、田んぼダムの重要性は高くなります。
田んぼダムの取り組みによって、実施地域から下流域まで排水路や小河川の水位上昇を抑制できれば、地域全体の農業を守ることが可能です。
3. 低平地や傾斜地でも田んぼダムの効果がある
田んぼダムは、通常の平地だけでなく低平地や傾斜地でも効果が確認されています。
実証事業のシミュレーションによると、低平地に機能分離型の田んぼダムを設置すると、以下の抑制効果があることが示されました。
降雨規模 | 最大時間雨量 | 総雨量 | 浸水面積の抑制率(%) | 浸水量の抑制率(%) |
---|---|---|---|---|
10年に一度程度の降雨 | 40mm | 133mm | 13% | 16% |
50年に一度程度の降雨 | 54mm | 171mm | 24% | 26% |
100年に一度程度の降雨 | 62mm | 176mm | 21% | 25% |
出典:農林水産省「流域治水の取組」所収「「田んぼダム」の手引き(本文) 」(26ページ)よりminorasu編集部作成
地域全体で田んぼダムの取り組みを導入すれば、さまざまな地形でも氾濫による水害を最小限に抑えられます。
デメリットは? 田んぼダムの注意点

sammy_55/ PIXTA(ピクスタ)
田んぼダムの取り組みには、管理作業の負担増加や水稲生育への影響、堰板の設置費用など、いくつかの懸念点があります。
導入前にこれらのデメリットを十分に把握し、対策を検討することが重要になります。
1. 管理作業の負担が増える
田んぼダムの導入において、管理作業の負担増加を懸念する声があります。
排水口を小さくすることによって、排水時間の増加や雑草などによる排水口の詰まり、水位上昇による畦畔の崩落といったリスクがあり、それらを管理する負担が増えてしまうからです。
ただ、田んぼダムを実施した全国5地区の調査結果によると、作業時間の従来比は平均4%増と大幅な負担増にはなっていないことが確認されています。
田んぼダムの維持管理には一定の労力を要するものの、水害への有効な対策として見た場合、実施する価値は十分にあるでしょう。
2. 水稲の生育や収量への影響が懸念される
田んぼダムの設置により、増水時の冠水・湛水の継続時間が長くなることで、生育や収量に影響するのではないかという懸念もあります。
実際、実証事件の調査結果では、湛水深が30cmを超えた状態が3日以上続くと、被害が急増することが示されています。
しかし、田んぼダムを実施した全国8地区で行われたアンケートでは、「収量・品質に明らかな影響は確認されなかった」という結果が出ています。農業者を対象としたアンケートでも「影響はなかった54%・わからない46%」と、明確な被害の報告は確認されていません。
被害に遭うリスクはゼロではないものの、田んぼダムの導入による水稲への影響を過度に不安視する必要はないと考えられます。
3. 十分な高さがある堅固な畦畔の整備が必要
田んぼダムを設置することで、畦畔を超えるような雨水の貯留により、畦畔からの
越流が生じることで、畦畔が崩れることが心配されています。
実証事業のシミュレーションによると、100年に1回起きるような降雨量(最大時間雨
量 77.5mm、総雨量 277.1mm)でも、田んぼダムの種類に関わらず、田面水深は20cmを超えないことが示されています。
また、水位調整板や流量調整板の上端が畦畔よりも低い位置に設置すれば、水位調整板を超える水位になっても通常の排水能力が発揮されるため、畦畔からの越流を抑制できます。
そのため、田んぼダムを設置する際は十分な高さがある畦畔の整備、水位調整板や流量調整板の設置方法を工夫すれば、畦畔の崩壊を防止できます。
4. 地域全体で取り組む必要がある
田んぼダムの取り組みは、少数の農家がバラバラに行っても効果は限定的です。田んぼダムの効果は農家の取組実施率に依存しており、前章で解説した効果を発揮するには、地域全体で取り組む必要があります。
田んぼダムの設置を検討しているものの農地が小規模である場合は、他の農家や自治体に働きかけ、共同で取り組めるようにしましょう。
田んぼダムの取り組みで活用できる補助金・支援制度の例

otamoto17/ PIXTA(ピクスタ)
ここでは、田んぼダムの取り組みで活用できる補助金・支援制度を解説してきます。
農業競争力強化農地整備事業
農業競争力強化農地整備事業は、農業競争力強化のための農地集積・集約化や生産効率向上、高収益作物の導入・拡大など、農業の構造改善を図る事業です。
2021年に「水田の貯留機能向上のための取組促進」に関する事業も加えられたことで、田んぼダムの設置も支援対象となりました。
具体的には、「農地整備事業」と「農業基盤整備促進事業」の2事業においては、田んぼダム設置に向けた調査・調整経費や畦畔補強・排水路整備などの費用について、定額支援を受けることが可能です。
支援金額は、畦畔補強の場合は100m当たり14万5,000円、排水口整備(桝の据え付け)の場合は1ヵ所当たり4万5,000円が助成されます。
ただし、助成単価は施工内容やほ場条件、農業者施工の有無などによって異なるため、上記の単価はあくまでも参考としてください。実際には個別のケースで相談する必要があります。
出典:農林水産省「農地の整備」所収
「農業競争力強化農地整備事業」
「田んぼダムを活用可能な支援事業」
農地耕作条件改善事業
農地耕作条件改善事業は、意欲ある農家が以下のような取り組みを行うことを支援する事業です。
- 農業を継続するための環境を整える目的とした、区画整理や暗きょ排水・用排水路の基盤整備
- 水稲栽培から高収益作物への転換
- 水田の貯留機能向上に向けた畦畔の整備
- スマート農業の導入
- 病害虫の発生予防・まん延防止
上記のうち「水田の貯留機能の向上に向けた畦畔の整備」が田んぼダムの支援に該当し、支援内容はハード事業とソフト事業に分かれています。
水田の貯留機能の向上に向けた畦畔の整備 | 支援内容 |
---|---|
ハード事業 | ・畦畔の更新 ・排水桝の設置など |
ソフト事業 | ・地元調査 ・調整経費 ・堰板購入費用など |
出典:農林水産省「農地の整備」所収「農地耕作条件改善事業」よりminorasu編集部作成
例えば、畦畔補強や排水口の整備などに対する支援の場合、畦畔築立100mにつき14万5,000円、排水口整備1箇所につき4万円が助成されます。
出典:農林水産省「農地の整備」所収
「農地耕作条件改善事業」
「田んぼダムを活用可能な支援事業」
多面的機能支払交付金
多面的機能支払交付金は、農業・農村の多面的機能を維持・発揮するための地域の共同活動を支援する制度です。
この交付金は「農地維持支払交付金」と「資源向上支払交付金」の2種類があり、田んぼダムは後者が該当します。
田んぼダムに関する支援を受けるためには、農家個人の活動ではなく組織的・広域的な共同活動であることが条件です。加えて、対象の農用地が以下のいずれかに該当する必要があります。
- 農振農用地区域内の農用地
- 都道府県知事が多面的機能の発揮に必要と認める農用地
交付単価は地域によって異なり、10a当たりの単価は以下の表になります。
地域 | 支払区分 | 交付単価(10a) |
---|---|---|
都府県 | 資源向上支払 | 2,400円 |
資源向上支払+農地維持支払 | 5,400円 | |
北海道 | 資源向上支払 | 1,920円 |
資源向上支払+農地維持支払 | 4,220円 |
参考:農林水産省「多面的機能支払交付金」所収「令和6年(2024年)度多面的機能支払交付金のあらまし(パンフレット)」(8ページ)よりminorasu編集部作成
さらに、田んぼダムに一定の要件を満たして取り組む場合は、10a当たり都府県で400円、北海道で320円の単価が加算されます。
出典:農林水産省「多面的機能支払交付金」所収「令和6年(2024年)度多面的機能支払交付金のあらまし」
実際の効果は?田んぼダムに取り組む地域の事例
田んぼダムは、水田が持つ雨水貯留機能を活用した防災の取り組みとして注目されています。
ここでは田んぼダムの導入に取り組む「新潟県村上市」と「福岡県朝倉市」の事例を抜粋して紹介します。
新潟県村上市の事例

nao / PIXTA(ピクスタ)
新潟県村上市では2002年、洪水被害に遭うことが多い下流域の集落が、水害対策として上流集落に呼びかけたことにより、水田を活用した田んぼダムの取り組みが始まりました。
その後、新潟県は多面的機能支払交付金を活用しながら地域への普及啓発を進めています。
その結果、2020年時点で村上市をはじめとした県内18市町村、約1万5,000haまで田んぼダムの取り組みが広がっています。
県内の見附市貝喰川流域での浸水シミュレーションでは、田んぼダムの実施により豪雨時の洪水被害を軽減できることが実証されています。
さらに、この活動を集落全体で実施することで、農家・非農家が連携して地域防災に取り組む意識が育まれているとのことです。
出典:農林水産省「洪水防止機能発揮の取組事例」所収「田んぼダムによる洪水防止~水害に強い地域づくりを目指して~ 【村上市ほか16市町村】」
福岡県朝倉市の事例

撮るねっと / PIXTA(ピクスタ)
福岡県朝倉市では、2012年の九州北部豪雨(1時間の雨量最大約80mm)で大きな水害を受けたことで、2014年から田んぼダムに継続的に取り組んでいます。
同時期に地区内の上半区で実施されていたほ場整備と、多面的機能支払交付金事業を一体的に活用できる環境が整っていたことも、取り組みを始める後押しとなっていました。
組織全体の田んぼ約14haで実施する田んぼダムの取り組みでは、降雨時に約1万4,000立方mの雨水を一時的に貯留することが可能です。
以前はそれぞれの農家が個別に排水管理を行っていましたが、組織的な取り組みに移行したことで、2021年現在まで田んぼダムのある地域とその下流域での洪水発生を防いでいます。
さらに、排水口の点検や堰板の設置を組織全体で行うことで、個々の農家の負担が軽減されました。
また、ため池や水路周辺の草刈り、景観保全なども共同で実施することで、地域全体の防災意識の向上にもつながっています。
出典:農林水産省「洪水防止機能発揮の取組事例」所収「田んぼダムによる地域での防災への取組 【下半区環境保全組織】
局地的な豪雨や台風が起こる近年において、田んぼダムは大規模な工事や費用をかけることなく導入できる有効な水害対策です。田んぼダムの効果は、地域一体となって取り組むことで最大限に引き出せます。
また、スマート農業を活用すれば、田んぼダムの取り組みを効果的に進めながら、収量や品質の向上も同時に実現することが可能です。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。