りんごの反収を上げるには?農家の年収目安と、収量を増やす“高密植・わい化栽培”のススメ
りんごは生食用のほか、加工用としても年間を通して高い需要があります。一方で、後継者不足や作付面積の減少といった問題が深刻化しています。そのような状況の中、りんごの反収を上げる新たな栽培方法として各地で推奨されているのが「高密植わい化栽培」です。
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目次
「高密植わい化栽培」とは、従来りんご産地で推奨されてきたわい化栽培と比べて、大幅に作業の省力化・軽労化と反収アップを図れる革新的技術です。本記事では、この新たな技術について詳しく解説し、りんご栽培の反収を上げるコツを紹介します。
りんごの反収はどのくらい? 収穫量と年収の目安
kikisorasido / PIXTA(ピクスタ)
これからりんご栽培への取り組みを検討している人にとって、りんごの反収や年収の目安は重要な情報です。そこで、まずはリンゴ農家の平均反収について、農林水産省の統計や都道府県の農業経営指標に基づいて解説します。
りんご生産量日本一、青森県における平均反収は「2,240kg」
農林水産省が2023年5月に公表した「令和4年産りんごの結果樹面積、収穫量及び出荷量」を参考に、最新のりんご反収を見てみましょう。※令和4年産の統計は、第一報で確報ではありません。
2022年産りんごの収穫量ランキング(収穫量2万t以上の県を表示)
順位 | 県名 | 収穫量 | 構成比 |
---|---|---|---|
1位 | 青森県 | 43万9,000t | 59.6% |
2位 | 長野県 | 13万2,600t | 18.0% |
3位 | 岩手県 | 4万7,900t | 6.5% |
4位 | 山形県 | 4万1,200t | 5.6% |
5位 | 福島県 | 2万3,700t | 3.2% |
6位 | 秋田県 | 2万2,500t | 3.1% |
そのほか | 3万200t | 4.1% | |
全国計 | 73万7,100t | 100% |
出典:農林水産省「作物統計 作況調査(果樹)|令和4年産りんごの結果樹面積、収穫量及び出荷量」よりminorasu編集部作成
2022年産りんごの収穫量は、全国で73万7,100tです。都道府県別では、収穫量1位の青森県が全体の約6割、2位の長野県、3位の岩手県を合わせた上位3県で、全体の8割以上、84%を占めています。
出典:農林水産省「作物統計 作況調査(果樹)|令和4年産りんごの結果樹面積、収穫量及び出荷量」よりminorasu編集部作成
収穫量2万t以上の6県について、りんごの10a当たり収量、つまり反収を見ると、1位の青森県の反収は2,240kgと全国平均2,100kgを上回っています。長野県は1,930kgで全国平均を下回りますが、岩手県は2,130kgと、やはり全国平均を上回っています。
次に、りんごの主要品種別の全国平均反収も見てみましょう。
出典:農林水産省「作物統計 作況調査(果樹)|令和4年産りんごの結果樹面積、収穫量及び出荷量」よりminorasu編集部作成
「ふじ」「つがる」「王林」「ジョナゴールド」の4品種の反収は、最も多い「ふじ」が2,120kg、少ない「つがる」と「ジョナゴールド」が1,950kgで、品種による反収の差はそれほど大きくないといえます。
りんご農家の年収は、規模の大きさに比例する?
一口にりんご農家といっても、その規模や栽培方法、品種などさまざまな違いがあり、儲かる・儲からないと一概にいうのは困難です。それでも、以下に紹介するminorasuの既存記事で解説されているように、農林水産省の「営農類型別経営統計」を見ると、りんご農家の経営の概要を知ることができます。
りんご農家の経営について詳しくは、以下の記事を参照してください。
同記事内の、農林水産省「営農類型別経営統計(個別経営)|菜作・果樹作・花き作経営編(2018年産)」から作成したグラフを見ると、りんご作農家の規模別農業所得は、全体の平均で269.7万円(共済・補助金を除く。以下同)です。
それに対して、りんごの植栽面積が0.5ha未満の農家の所得は86.1万円、0.5~1haで214万円と平均を下回っており、1~2haで平均を超えて385.5万円となります。
2~3haではやや下がって364.5万円となりますが、3ha以上では761万円と、3ha未満の倍以上、平均値と比べると3倍近くにまで急激に所得が増えます。これに共済や補助金を加えると、860.5万円にもなります。
この数値は平均であるため、実際にはこの所得に満たない農家や、もっと所得の多い農家もあるでしょう。とはいえ、この統計は、栽植規模が3ha以上になると小規模の園地と比較して飛躍的に所得が上がることを表しています。
りんごの反収と経営収支の関係
alps / PIXTA・Hirotama / PIXTA(ピクスタ)
次に、りんご作の反収と経営収支の関係について、長野県の経営指標から見てみましょう。
りんごでは、「ふじ」「つがる」「秋映」「シナノスイート」「シナノゴールド」の5種類について指標をまとめてあり、特に「ふじ」は、“普通栽培”と“新わい化(高密植わい化)栽培”について一覧にしています。
長野県のりんご主要品種 10a当たり経営指標
品種 | 作型 | 生産量 (反収) | 販売 単価 | 粗収益 | 経営費 | 農業 所得 | 農業 所得率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
ふじ | 普通 | 4,000kg | 290円 | 116.0万円 | 91.4万円 | 24.6万円 | 21.2% |
ふじ | 高密植わい化 | 5,000kg | 290円 | 145.0万円 | 106.1万円 | 38.9万円 | 26.8% |
つがる | 高密植わい化 | 3,500kg | 311円 | 108.9万円 | 88.9万円 | 20.0万円 | 18.4% |
秋映 | 高密植わい化 | 3,800kg | 289円 | 109.8万円 | 89.4万円 | 20.4万円 | 18.6% |
シナノスイート | 高密植わい化 | 3,800kg | 297円 | 112.9万円 | 91.9万円 | 20.9万円 | 18.5% |
シナノゴールド | 高密植わい化 | 4,000kg | 268円 | 107.2万円 | 92.7万円 | 14.5万円 | 13.5% |
出典:長野県「農業 > 技術支援(農業) > 長野県農業経営指標」所収「作目別経営指標一覧表(令和4(2022)年)」よりminorasu編集部まとめ
この一覧のうち、「ふじ」の“普通栽培”と“新わい化(高密植わい化)栽培”を比べてみます。
長野県「ふじ」の普通栽培・高密植矮化栽培の経営指標比較
普通 | 高密植 わい化 | 差 | |
---|---|---|---|
生産量(反収) | 4,000kg | 5,000kg | 1,000kg |
販売単価 | 290円 | 290円 | ー |
粗収益 | 116.0万円 | 145.0万円 | 29.0万円 |
経営費 | 91.4万円 | 106.1万円 | 14.8万円 |
農業所得 | 24.6万円 | 38.9万円 | 14.2万円 |
農業所得率 | 21.2% | 26.8% | 5.6% |
労働時間 | 260.0時間 | 173.5時間 | ▲86.5時間 |
1時間当たり 農業所得 | 947円 | 2,240円 | 1,293円 |
出典:長野県「農業 > 技術支援(農業) > 長野県農業経営指標」所収「作目別経営指標一覧表(令和4(2022)年)」よりminorasu編集部まとめ
10a当たり生産量(反収)は普通が4,000kgであるのに対し、新わい化(高密植わい化)は5,000kgに上ります。単価は同じであるため、粗収益では29万円の差が生じています。
一方、経営費を比べると、普通栽培の91.4万円に対し、高密植わい化は106.1万円と15万円ほど多くかかっています。
それでも農業所得や農業所得率は高密植わい化のほうが高く、さらに労働時間が大幅に少ないため、1時間当たり農業所得を比較すると、普通栽培の947円に対して高密植わい化栽培では2,240円になります。(ただし、高密植わい化栽培の導入初年度は、トレリスの設置と多くのフェザー苗の購入に多く費用がかかります。詳細は後の章を見てください。)
これらのことから、反収が経営収支に大きく関わるのはもちろんのこと、経費や労働時間などを総合的に考えて効率のよい営農方法を選ぶ必要があることがわかります。
りんごの反収を向上! 新しい「高密植わい化栽培」とは
長野県の経営指標にある「高密植わい化栽培」とは、新規就農者にも導入しやすく、近年注目されているりんご栽培技術です。
もともと、りんごの主要産地では省力化と効率化を目的として、「わい化栽培」を推奨してきました。高密植わい化栽培は、従来のわい化栽培とは大きく異なる新技術で、反収アップや省力化・軽労化を飛躍的に進めることが可能です。
機械化や大規模化に適した栽培方法であり、今後のりんご栽培の主流となっていくと考えられます。以下では、高密植わい化栽培の概要や実施のポイント、導入にあたってのメリット・デメリットについて解説します。
りんご生産地で導入が進む、新わい化栽培技術
dr30 / PIXTA(ピクスタ)・YoshiMechi / PIXTA(ピクスタ)・alps / PIXTA(ピクスタ)
従来、取り組まれていたわい化栽培は、「スレンダースピンドル」または「フリースピンドル」とも呼ばれるものです。大苗を利用し、骨組みとなる側枝を作って、作業時に脚立の昇り降りをにあまりしないですむように低樹高化することで、軽労化や効率化を図る技術です。
これに対し、高密植わい化栽培は「トールスピンドルシステム」ともいわれ、イタリアの南チロル地方を中心に世界中で導入が進んでいます。日本では、長野県でいち早く導入が進み、現在は青森県も導入を推進しています。
Marco Taliani - stock.adobe.com
イタリア チロル地方のりんご園地
この高密植わい化栽培は、フェザー苗を樹間を狭く高密度に定植し、側枝を下垂誘引して、幅が狭い円錐形の樹が薄い壁状に並ぶように仕立てていきます。植栽本数は従来の10a当たり100本に対して、300本ほどに増えます。
樹高は従来のわい化栽培より少し高くなりますが、作業すべき枝に手が届きやすく、また、スプレーヤなどの農機が通りやすいため、作業効率が上がります。
また、従来よりも早期成園化できることも特長で、長野県果樹試験場の試験で、定植5年目の「ふじ」「シナノゴールド」の10a当たり収量が5tほどになることが確認されています。
出典:
長野県果樹試験場「試験場だより 令和3年4月号(535号)」所収「りんごの新しい栽培法「高密植栽培」とは?」
JA相馬村「林檎の森 広報紙|2018年度」所収「2018年11月号・Vol.436|特集2/注目を集めるりんご高密植わい化栽培」
高密植わい化栽培導入のメリット・デメリット
alps / PIXTA(ピクスタ)
りんごの高密植わい化栽培には多くのメリットがありますが、いくつか注意すべきデメリットもあります。
【メリット】
- 特に大規模農家で、反収が大幅に増加
- 早期の成園化が可能
- 高度な技術を要する剪定が不要
- 栽培・収穫作業の機械化が容易
【デメリット】
- 初期投資が多くかかる
- フェザー苗の確保が困難(供給不足により、自家育苗に頼っている現状がある)
- 経済樹齢が短い
以下の項目で、それぞれについて詳しく解説します。
高密植わい化栽培導入のメリット
特に大規模農家で、反収が大幅に増加
樹幅が小さいため側枝の基部までよく陽が当たり、農薬散布もムラなくでき健全に育成できます。また、園地の空間利用効率が高いため、園地の広さに関わらず多収が見込めます。
早期成園化が可能
この技術では、早ければ定植3年目で成園化が可能となり、定植5年から多収が見込めます。
高度な技術を要する剪定が不要
高密植わい化栽培の剪定作業の基本は、主幹に対して太い則枝を間引くことです。また、この栽培方法を成功させるには、徹底的に側枝を下垂誘引することが重要です。これらを続け、側枝を太らせないことがコツで、それ以外の高度な剪定技術は必要ありません。
栽培・収穫作業の機械化が容易
主幹まで手が届きやすいので作業効率が上がるだけでなく、樹列が壁状となっているため、機械化による作業も効率的に行えます。
大規模な園地であれば、機械化による作業効率・省力化の効果も高く、より高い反収が見込めます。
高密植わい化栽培導入のデメリット
初期投資が多くかかる
大量のフェザー苗だけでなく、樹高が高くなるため、樹高に適した高いトレリス(果樹棚)や灌水設備などが必要です。初期投資額は10aで200万円以上かかるとの試算もあります。
出典:毎日新聞 地方版 2021年11月22日「リンゴ栽培:リンゴ栽培「密」で収穫増 人出不足で新手法に期待 生産性高く「稼げる」アピール 青森 /岩手」
フェザー苗の確保が困難
導入時に、果実生産性の高いM9台木のフェザー苗が大量に必要になるため、供給が追い付かず、2~3年待ちというケースもあります。自家育苗に頼っている農家も少なくありません。
経済樹齢が短い
高密植わい化栽培では、経済樹齢は15年程度と短いため、改植園をローテーションするなどの対策が必要です。また、短い期間で多量のフェザー苗を準備する必要があるので、計画的に育苗を進めることも重要です。
高密植わい化の樹は根の張りが浅いため、干ばつや水害に弱い点にも注意が必要です。灌水設備を整え、こまめな灌水を心がけると同時に、排水対策も万全に行いましょう。
IT技術の導入で、りんごの労働生産性を高めた事例も
もりやま園株式会社の「TEKIKAKA(テキカカ)シードル」
出典:株式会社PR TIMES(もりやま園株式会社 プレスリリース 2018年2月26日)
最後に、高密植わい化とは異なる方法で労働生産性を高め、青森県産リンゴの生産高を20年後に1,000億円から1,300億円に増大させることを目標にしている、「もりやま園株式会社」の取り組みを紹介します。
もりやま園では、約9.7haもの大規模なりんご園で、「ふじ」をはじめとした約1,800本ものりんごを栽培しています。2008年以降、IT技術の導入や摘果を有効活用したアルコール飲料の商品化など、新しいことに積極的に取り組んできました。
もりやま園では、IT技術を活用して、それまでなんとなくしか把握していなかった、りんご栽培にかかる生産工程の詳細を見える化したり、園地内のりんご樹1本1本についてデータを集積し資産価値を評価したり、品種による労働生産性の違いなどを数値化したりすることで、生産効率を大幅に改善しました。
果樹の生産工程を1本1本見える化して管理できる「Agrion果樹」
出典:株式会社PR TIMES(フューチャー株式会社 プレスリリース 2019年10月7日)
果樹の生産工程を1本1本見える化して管理できる「Agrion果樹」
出典:株式会社PR TIMES(フューチャー株式会社 プレスリリース 2019年10月7日)
この取り組みをクラウドサービス「ADAM」(Apple Data Application Manager) として自社開発、さらに多くの農家に横展開できるよう、農業日誌アプリ「Agrion」を開発・運営する株式会社TrexEdgeと共同で再開発。2019年10月から「Agrion果樹」としてサービス提供しています。
出典:独立行政法人中小企業基盤整備機構 運営「J-Net21」内 「りんご栽培の作業を「見える化」 労働生産性の高い農業を追求【もりやま園株式会社(青森県弘前市)】」
りんご栽培の収益を上げるには、反収を向上させることはもちろん、作業を効率化・省力化し、労働生産性を高めることも重要です。
高密植わい化栽培の導入という方法だけでなく、今ある園地をそのまま活用しながら、ITなどの先端技術を駆使して生産性を高める工夫をすることも、効果的に反収を上げるよい方法です。
あわせて読みたい! りんご作経営のコンテンツ
りんご農家の収益性や、りんご栽培の効率化についてはこちらの記事もご覧ください。
りんご栽培には多くの人手がかかり、需要の高い作物でありながら、思うように収益を上げられないケースも見られます。しかし、高密植わい化栽培などの新しい技術を取り入れ、反収を上げるとともに作業を大幅に効率化することで、生産性を高め、収益アップが実現できます。
これからりんご栽培に取り組んだり、園地の更新をしたりする際には、事前に計画をしっかり立てて、新しい技術を導入してみましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。