グローバルGAP取得と300ほ場の管理。侍米(サムライス)で勝負する新潟の生産法人せせらぎの取組み
朝日連峰と清流荒川が育む、新潟県の最北地・村上市。そこに拠点を構える「農業組合法人せせらぎ」では、独自のブランド米「侍米(サムライス)」をはじめ、高品質・良食味にこだわって水稲を栽培しています。今回は農事組合法人・せせらぎの金子さんに、栽培のこだわりや品質と収量のバランスの取り方を伺いました。
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目次
農事組合法人・せせらぎ プロフィール
2007年、地域で農業就業人口の高齢化と減少問題が深刻化する中、国が集落営農の法人化を推進する流れを受けて「農事組合法人せせらぎ」を設立。
2009年にはJA岩船米生産対策協議会が主催する「平成20年度生産高品質食味米 優秀賞」を受賞。2011年、高品質・良食味かつ安全な米の美味しさや大切さを伝えるため、ブランディングによる「侍米」の販売を開始。2016年、持続可能な農業を行うための世界的な農業規格「GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ)」認証を取得。
現在は、国際的にも安全とみなされた栽培方法を徹底した上で、高品質な米の安定的な収量確保・販売へとつなげている。
ブランド米「侍米(サムライス)」とは?
農事組合法人せせらぎが販売する侍米
画像提供:農事組合法人せせらぎ
新潟県の村上・岩船地域で栽培される米は「岩船米」と呼ばれます。岩船米(岩船産コシヒカリ)は、魚沼米や佐渡米と並んで新潟の一般的なコシヒカリと区別されており、競争力の強いブランド米です。
せせらぎは、そんな岩船産コシヒカリを「侍米(サムライス)」として商品化しています。まずはせせらぎの金子さんに、侍米について伺ってみました。
━━━ブランディングで侍米を販売したきっかけを教えてください。
新潟県から6次産業化の案内があり、研修に参加したことがきっかけです。社内で相談した結果、自社販売に注力したい思いが募り、県のプランナー紹介制度を利用して本格的にブランド米の開発に取り組みました。
岩船米ブランドは生かしつつ、さらに独自のブランドで勝負したい思いが強く、侍米以外にも候補はありましたが、最終的に侍米で進めることになりました。
━━━新潟県のように水稲の栽培比率が高い県では、出荷先はJAなどの業者が中心だと思うのですが、侍米は販路を独自に開拓されているのでしょうか?
業者に出荷する米もありますが、侍米は全て直売です。お客様は、侍米を直接買いに来てくださる方もいますし、オンライン通販やふるさと納税で選んでくださる方もいます。
━━━侍米はどれくらいの規模で栽培しているのですか?
現在は7品種を70haで栽培しているのですが、その内、侍米として販売するのはコシヒカリの部分で全体の約3割くらいです。さらに、侍米の中でも0.2haのほ場で栽培する分は有機JAS認証を取得しています。
また、侍米を含めて約25haで栽培する米は「新潟県特別栽培農産物認証制度」の県認証を受けています。
岩船産コシヒカリを侍米として販売するせせらぎ。有機JASや県認証を取得するなど、出荷先、あるいは需要に応じて栽培方法を工夫されているようです。
高品質・良食味、収量を支えるこだわり
稲刈りの様子
画像提供:農事組合法人せせらぎ
━━━水稲では7品種も栽培されているのですね。どのような品種を栽培しているのでしょうか?
もち米では、「ゆきみらい」と「こがねもち」を栽培してます。うるち米では、いわゆる「コシヒカリ」、新潟県の奨励品種である「コシヒカリBL」、「新之助」、「あきだわら」、「いただき」を栽培しています。
━━━複数の品種を栽培するのはなぜでしょうか?
多数の品種を栽培する大きな理由は、作業分散して高い品質を維持するためです。
1日に刈り取れる面積は限られています。例えば、乾燥機の容量を超えて刈り取ると、乾燥に時間がかかって品質が低下します。一方、刈り取りが遅れても品質は低下します。
ですので、適切なタイミングで刈り取って米の品質を維持できるように、刈り取り期が早い品種・遅い品種を複数作付けしています。
━━━複数の品種を栽培することが高品質な米の生産につながっているのですね。一方、「収量」を確保することも大切だと思いますが、土づくりや施肥設計はどのように考えていますか?
ここは地域としての収量目安が多い方ではないので、高品質・良食味を担保できるよう、無理のない範囲内で収量目標を設定をしています。
GLOBALG.A.Pもしくは県認証の範囲内であれば収量を上げたいという考えはありますが、それよりも「お客さんから美味しいって言ってもらえることが大事」だと思っています。
ですので、コシヒカリは違いますが、収量を確保しやすい品種の場合、出荷先やお客さんのニーズに合わせて「ここは収量の方を重視」「ここは収量を抑えても付加価値の方を重視」といった感じで管理方法を変えています。
特に資材選びは入念に行っており、お客さんにおいしいと感じてもらうために、自分達で資材を作ることもあります。
また、土づくりは毎年行っており、土壌分析した結果を基に鶏糞の散布量を決めて、ほ場内に均等に撒いています。鶏糞を撒く回数は、秋に1回撒いて、あと、作付が確定した中で足りないと思う箇所には春にもう1回撒きます。
施肥設計では、基肥は側条施肥で撒いています。今年(2023年)は可変施肥も導入しました。また、追肥では、生育調査や管理者の意見を聞きながら葉色が薄いところは重点的に資材を撒いています。
せせらぎでは「お客様に喜んでもらえる米を作ること」を前提に掲げ、その中で、食味や収量のバランスを見ているそうです。品種選定、資材選び、土づくり、施肥設計への取り組みから、喜ばれる米作りに対する熱い想いが感じられます。
世界的な農業規格「GLOBALG.A.P」の認証も取得
2016年にGLOBALG.A.P認証を取得
画像提供:農事組合法人せせらぎ
━━━せせらぎでは、県独自の認証に加えてGLOBALG.A.P認証も取得されていますね。認証を取得したきっかけはなんでしたか?
品質管理をしっかりやりたいという思いもありますが、働きやすい環境を作ったり、作業工程を見直してミスを減らしたり、そういったことも含めて組織をきちんと運営していこうという考えからGLOBALG.A.Pの認証取得を始めました。
GLOBALG.A.Pは、農産物の品質管理だけでなく、組織内の管理など、生産工程全体も含めて改善していくための取り組みなので。
ただ、取り組み始めた頃はかなり大変でした。特に初年度は、書類で要求されている事項が何なのかさっぱりわからず、かなり戸惑った覚えがあります。今(2023年)は取得して7年くらいになるので、当初に比べると苦労は少なくなりましたね。
━━━認証の取得・更新は大変だと思いますが、それ以上の付加価値があると見込んでいたのでしょうか?
GLOBALG.A.Pを取得しているのと取得していないのでは、出荷先やお客さんに対する説得力が違うと思います。例えば、除草剤は規定量を間違いなく使っていることなど、環境や安全に配慮した生産過程を客観的に証明できますから。
それに、認証取得の過程で作業工程の見直しなどを行いましたが、それにより全体的にミスが減りました。その点でも、取得してすごく良かったと思います。
せせらぎは、食品安全、労働環境、環境保全に配慮した「持続的な生産活動」を実践する優良企業に与えられる世界共通ブランド「GLOBALG.A.P」を取得することで、高品質な米の栽培だけでなく、組織としてのレベルアップも図っています。また、認証をお客様にアピールすることで、ブランドの信頼性向上にもつながっていました。
最先端の技術を活用。経験とデータを合わせた農業への取り組み
━━━高品質な米を栽培し続けているせせらぎですが、さらなる品質向上に向けた取り組みはありますか?
弊社は、長年の経験と勘、GLOBALG.A.P取得で得た新たな知見も生かして、組織的に適切な作業分担を行い、良質なお米の栽培を続けています。現在は、そこに最先端の技術を活用することで、品質管理の質を高めています。
例えば昨年、栽培管理支援システム「ザルビオ」を導入しました。
ザルビオでは、衛星データをもとにほ場内の地力ムラを見える化した地力マップや、生育期間中の生育マップが見られます。さらに、地力に応じて施肥量を最適化した可変施肥マップまで作れます。
ザルビオの「地力マップ」。地力マップを元に施肥マップを作成。他にも過去の生育マップを元に施肥マップの作成も可能
画像提供:農事組合法人せせらぎ
ザルビオの可変施肥マップ。使用する肥料の10a当たり散布量の基準値を元に、ゾーンごとに散布量をきめてくれる。施肥マップの設定は、10a当たり散布量のほか、NPKごとの施用量などで設定が可能
画像提供:農事組合法人せせらぎ
可変施肥田植機は持っていたので、より精密な可変施肥を行うためにザルビオを導入しました。ザルビオは300ほ場を全て登録しても年間のコストが低いことも魅力的でした。
━━━複数の従業員がいる中で、新たなシステムの導入には賛否があるかと思います。導入のハードルは高くなかったですか?
弊社の従業員は以前からITに肯定的です。すでにクラウド上で栽培管理をするツールも使っていたので、否定的な声はなく「まずやってみようよ」という感じでした。
私自身、「時代が変われば農業のやり方も変わる」と思うので、柔軟にしていったほうがよいんじゃないかと思っています。
ただし、デジタルだけでは対応できない部分もあるので、デジタルとアナログの使い分けは必要だと思います。
あと、デジタルの効かない従業員もいるので、そういう方には例えば地図を印刷して渡して「そこに今日やってきたほ場に丸つけて」とお願いすることもあります。従業員にも得手不得手があるので、みんなで補いながらやっています。
━━━従業員同士で協力することで、新しい技術を積極的に導入できているのですね。可変施肥で収量や品質の向上は実感できましたか?
収量や製品率に大きな差はなかったものの、可変施肥した方が、均一施肥したほ場と比べて生育ムラは少ないと感じました。
国際認証で認められた方法で栽培された高品質米の刈り取り
画像提供:農事組合法人せせらぎ
ザルビオのデータを確認しても生育ムラは解消されているようなので、実感だけでなく、可変施肥は生育ムラの解消に役立ってると思います。
ただ、ほ場の収量を調査すると、可変施肥した方がいいほ場もあるんですけど、均一に施肥した方がいいほ場もあったので、可変施肥の効果はまだ限定的です。
生育状況や、地力の高いエリア、低いエリアに応じて施肥量を設定するなど改善の余地があるので、その辺を実行すれば収量は間違いなく上がると思ってます。
━━━可変施肥の効果はまだ限定的ではあるものの、確かな手応えを感じているのですね。そのほかにも栽培管理システムで活用している機能はありますか?
病害虫アラート機能を活用しています。例えば、こがねもちという品種の中でいもち病が発生したのですが、ザルビオを見てアラートが出ていることに気が付きました。ただ、毎日パソコンでザルビオを見る習慣がなかったので、いもち病が出た後で気がつきました。
その後、ザルビオでプッシュ通知の機能が追加されて、病害虫アラート(確実に病害虫が発生したわけではなく、注意報みたいなもの)が携帯に届くようになりました。プッシュ通知のおかげで、パソコンを開く習慣がなくても、予想外のアラートが出た場合はすぐ気がつくようになりました。
ほ場が300枚もあると見回りが大変で、繁忙期は7〜8人で全面積を見る必要がありますが、ザルビオを使えばほ場に出ずとも注意報に気づけるので助かっています。
━━━ザルビオの活用は見回りの効率化にもつながっているのですね。生育調査も効率化できていますか?
イメージをつかめてきたという段階ですが、生育調査でも活用し始めています。
水稲の栽培期間中は、調査圃場を決めて10日に1回ほど田んぼの中に入って、茎数、葉色、全長、分げつ数などを調べるのですが、ザルビオではほ場ごとの生育ステージ、あるいはほ場内の生育状況を確認できるので、生育調査の質が上がってきています。
今後、調査圃場に入って見た「点」のデータと、ザルビオで上空から見た「面」のデータを突き合わせていけば、より確実な判断ができると思います。あるいは、田んぼに行かなくても「こことここの葉色が薄いな」という判断ができるのではと思います。
━━━ザルビオは導入してまだ1年目とのことですが、うまく活用するのは難しいでしょうか?
改善の余地はまだあると思うので、JAの営農指導員と協力し、目的に応じてよりベターな活用方法を探っていきたいです。
実は、私の地域を管轄するJA北新潟(旧・JAにいがた岩船)では、営農指導員がザルビオを使用して営農指導をしてくれます。
せせらぎの金子さん(左)、JA北新潟(旧・JAにいがた岩船)の山田さん(中)、BASFの池町さん(右)
画像提供:BASFジャパン株式会社
過去には、生育マップから穂肥のデッドラインの数値を教えてくれたことがあります。JA北新潟の営農指導員から「葉面積指数のLAI3.0を下回っているので生育が悪いかもしれない」と言われて見に行くと、確かに葉色が薄くなっていました。
営農指導員が具体的な数値の見方まで教えてくれるので、非常に助かっています。
そういった意味では、JA北新潟と協力すれば、ザルビオの数値を見るだけで作業適期を判断できるようになるかもしれないと期待していますね。
せせらぎでは、最先端の栽培管理支援ツール「ザルビオ」を活用して、より効率的に、そして高品質な米の生産を目指しているようです。また、新潟県・岩船地域では、JAの営農指導員もザルビオを導入することで、農家と営農指導員が同じ目線に立ち、協力して栽培管理の改善に取り組んでいました。
生育状況を"点"と"面"で捉えていく。持続可能な農業に向けて
━━━品質や収量アップに向けて、今後の展望をお聞かせください。
先述した通り、基肥の施肥量を最適化して可変施肥の精度を高めたいです。施肥量の設定値の検討を重ねていけば、収量アップにつながると思います。
また、ザルビオを土作りにも生かしたいです。今までは土壌分析の結果をもとに鶏糞の散布量を決めて、ほ場内に均等に撒いていたのですが、今後は地力マップを見て「地力の薄いところに濃く撒いて、地力の濃いところに薄く撒く」といったやり方もしてみたいと思います。そうすれば、収量はおのずと上がると思います。
あと、実際にほ場に出て”点”で見るデータとザルビオを通して”面”で見るデータをすり合わせて、効率的な栽培管理の方法を見出したいです。これにより、見回りの効率が上がることはもちろん、取得するデータがより価値のある情報になると考えています。
ザルビオは使い始めて1年目なので、まだ使いこなせていません。これから活用していく機能もあると思います。来年は準備段階で施肥マップを作るところから始まると思うんですけど、今年(2023年)よりも使いこなせるようにしたいですね。
GLOBALG.A.Pの認証取得などを通して、構成員の方々の負荷を抑えながら、ブランド米「侍米」を安定的に生産しているせせらぎ。今後は、最先端のテクノロジーを柔軟に取り入れることで、高品質・良食味を維持したまま収量を増加させる取り組みを継続していきたいとのことです。
また、地域の営農指導員と協力して栽培管理を改善する取り組みは、地域のみならず、全国の農業者から一層の注目が集まりそうです。
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