環境保全型農業直接支払交付金とは?地域特性を活かす事例を解説
環境保全型農業直接支払交付金は、地域の自然環境や生物多様性を守りながら、農業の持続可能性を高める取り組みを支援する制度です。化学肥料や農薬の削減、有機農業の実践を含む活動が対象で、地域特性に応じた工夫も評価されます。この記事では、交付金の支援対象や具体的な内容などを解説します。
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農業は食料を生産するだけでなく、地域の自然環境や生物多様性の保全にも大きな役割を果たしています。地域の環境を守ることは持続可能な農業の構築にもつながるため、国は「環境保全型農業直接支払交付金」を制定し、効果的な営農活動への取り組みを支援しています。
環境保全型農業直接支払交付金とは
REI / PIXTA(ピクスタ)
「環境保全型農業直接支払交付金」とは、地球温暖化防止対策や生物多様性の保全に効果の高い営農活動に対し、支援金を交付する制度です。
具体的には、「化学肥料・化学合成農薬を各地域の慣行から原則5割以上低減」し、かつ「地球温暖化防止や生物多様性保全等に効果の高い営農活動」または「有機農業」に取り組む農業者団体を支援します。
この交付金が創設された背景には、世界的に地球温暖化防止対策や生物多様性の保全が喫緊の課題とされたことがあります。この動きを受け、国は平成23(2011)年から「環境保全型農業直接支援対策」として支援を始めました。
その後、支援の目的が明確化され、平成27(2015)年からは「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」に基づき、「日本型直接支払」の1つとして「環境保全型農業直接支払交付金」が支給されることになったのです。
出典:農林水産省「環境保全型農業直接支払交付金」
環境保全型農業直接支払交付金の役割
Yoshitaka / PIXTA(ピクスタ)
農業は、田畑の適切な管理によって農村の自然環境や景観を保存し、水田が地下水を蓄え保全する「涵養(かんよう)」の役割を果たすなど、地域環境保全に多面的な機能を持っています。
この機能が健全に発揮されるためには、農家個々人の努力だけでなく、地域全体で共同活動として農用地の保全に取り組むことが不可欠です。
環境保全型農業直接支払交付金は、地域全体の共同活動による取り組みを推進することで、より効率的・効果的に環境保全型農業を実現する役割を担っています。
なお、この交付金は地域性が強いため、「地球温暖化防止や生物多様性保全等に効果の高い営農活動」は「全国共通取組」と「地域特認取組」に分けられ、後者は対象となる取り組みや交付単価が都道府県によって異なります。具体的な取り組みについては後述します。
K@zuTa / PIXTA(ピクスタ)
【令和3年度】実施状況
農林水産省は、令和3(2021)年度までの実施状況をまとめ、ホームページ上でも公表しています。
農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」 内「交付金の実施状況」の項
令和3(2021)年度にこの制度を実施したのは846市町村で、全市町村1,718に対し49%と、全国のほぼ半分の市町村が取り組みました。なお、前年の令和2(2020)年度は841市町村で、わずかながら前年よりも増加しています。
令和3年度の実施件数は3,144件、実施面積は81,743haで、それぞれ前年の3,155件/80,789haから件数はわずかに減少したものの、面積はやや増加しています。
環境保全型農業直接支払交付金の実施状況
2020年度 | 2021年度 | 差分 | |
---|---|---|---|
全市町村数 | 1,718 | 1,718 | ー |
実施市町村数 | 841 | 846 | +5 |
実施市町村率 | 49.0% | 49.2% | +0.3% |
実施件数 | 3,155件 | 3,144件 | -11件 |
実施面積 | 80,789 ha | 81,743 ha | +954 ha |
出典:農林水産省「令和3年度環境保全型農業直接支払交付金実施状況」 所収「令和3年度 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況」よりminorasu編集部作成
実施面積を地域ブロック別に見ると、東北が21,033ha(全体の約26%)と最も多く、次いで北海道が19,472ha(約24%)で、合わせて全体の約半分を占めています。その次に、近畿の15,876ha(約19%)、北陸の7,749ha(約9%)が続きます。
出典:農林水産省「令和3年度環境保全型農業直接支払交付金実施状況」所収「令和3年度 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況」よりminorasu編集部作成
作物区分別では、「水稲」が55,289haで全体の約68%を占め、次いで「麦・豆類」が11,302ha(約14%)、「花き・その他」が6,941ha(約8%)となっています。
出典:農林水産省「令和3年度環境保全型農業直接支払交付金実施状況」所収「令和3年度 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況」よりminorasu編集部作成
支援対象取組別に見ると、「地域特任取組」が25,574haで全体の約31%にのぼり、全国共通取組の中では「堆肥の施用」が20,284ha(約25%)、「カバークロップ」は16,867ha(約21%)、有機農業は11,610ha(約14%)の順に多くなっています。
出典:農林水産省「令和3年度環境保全型農業直接支払交付金実施状況」所収「令和3年度 環境保全型農業直接支払交付金の実施状況」よりminorasu編集部作成
対象となる農業者・事業・取り組み
交付金を受けるためには、定められた要件を満たすことが必要です。以下では、要件の概要について解説します。
なお、要件については、地域ごとに異なる場合があります。本記事では以下の出典をもとに要件をご紹介しますが、詳細については当該の市町村にお問い合わせください。
出典:農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」 所収「日本型直接支払制度のうち 環境保全型農業直接支払交付金 令和4年度 取組の手引き」(以下共通)
対象となる農業者の要件
pixelcat / PIXTA(ピクスタ)
この交付金の対象は、「農業者の組織する団体」または「一定の条件を満たす農業者」とされています。対象者には、それぞれ以下の要件があります。
<対象となる「農業者の組織する団体」の要件>
・複数の農業者や、地域の実情に応じた農業者や住民等で構成される任意組織(以下、「農業団体」という)であること。
・同じ団体の中に、交付金の対象となる活動に取り組む農業者が2名以上いること。
<対象となる「一定の条件を満たす農業者」の要件>
以下のうち、いずれかの条件を満たし、かつ市町村が特に認める場合に限られます。
・農業者が対象活動を行う面積が、集落の耕地面積の一定割合以上となること。
・環境保全型農業を志す他の農業者と連携して、その拡大をめざす取り組みを行うこと(ただし、令和4(2022)年度までの要件)。
・複数の農業者で構成される法人であること(農業協同組合を除く)。
その上で、上記の対象となる農業者が支援の対象となるには、次の2つの要件を満たさなければなりません。
①支援を受けようとする作物について、販売を目的に生産を行っていること。
②持続可能な農業生産に向け、「みどりのチェックシート」に定める取り組みを実施していること。
みどりのチェックシートとは
bankrx / PIXTA(ピクスタ)
みどりのチェックシートとは、農林水産省が、持続可能な農業の推進に向けて農業生産現場で取り組むべき内容をまとめたものです。
これまで「国際水準GAPの実施」としていた要件を、令和4(2022)年度から、「みどりのチェックシートによる持続可能な農業生産を実施していること」と変更されました。
チェックシートの内容は、「化学合成農薬の使用量低減」に関する項目が5つ、「化学肥料の使⽤量低減」に関する項目が4つ、「温室効果ガス・廃棄物の排出削減」に関する項目が3つ、「農作業安全」に関する項目が2つから構成されて、農業者自らが実際に取り組んだ内容についてチェックをします。
農林水産省では、解説書やオンライン学習ツールを用意していますので、ご覧ください。
農林水産省「農業生産工程管理(GAP)に関する情報|オンライン学習ツール」所収「みどりのチェックシート解説書」
対象となる事業の要件
交付金の対象者は、自然環境保全に資する農業を推進する活動(推進活動)から、1つ以上を実施する必要があります。
活動の例としては、「技術マニュアルや普及啓発資料などの作成・配布」「ICTやロボット技術等を活用した環境負荷低減の取組」「地域住民との交流会(田植えや収穫等の農作業体験等)の開催」などで、全部で11の項目があります。
農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」所収「農林水産省「環境保全型農業直接支払交付金について」(6ページ)
対象となる取り組み
交付の対象となる取り組みは、「化学肥料・化学合成農薬の使用を都道府県の慣行レベルから原則5割以上低減する取組と合わせて行う」ことが条件で、前述した通り、全国共通取組と地域特任取組に分けられます。
田舎の写真屋 / PIXTA(ピクスタ)・奈良観光 / PIXTA(ピクスタ)・kikisorasido / PIXTA(ピクスタ)・ふうび / PIXTA(ピクスタ)
全国共通取組には「有機農業」のほか、「堆肥の施用」「カバークロップ」「リビングマルチ」「草生栽培」「不耕起播種」「長期中干し」「秋耕」があります。
なお、ここでいう有機農業とは、「化学肥料・化学合成農薬を使用しない取り組み」であり、国際水準の有機農業を実施することが要件となります。有機JAS認証は必須ではありません。
また、環境保全効果をさらに高めるため、そばなどの雑穀・飼料作物以外を主作物とする有機農業に対する加算措置もあります。その場合、土壌診断を実施するとともに、堆肥の施用・カバークロップ・リビングマルチ・草生栽培のいずれかに取り組む必要があります。
一方、地域特認取組は、地域の環境や農業の実態などに基づいて都道府県が申請し、交付単価も都道府県ごとに設定されます。
また、交付金を受給している農業者団体内において、令和4(2022)年度から新たに有機農業を始める農業者に、指導などを行った際に支援される「取組拡大加算」もあります。
その場合、指導する側とされる側の双方が、令和4年度にそばなどの雑穀、飼料作物以外の有機農業を実施する必要があります。
【全国共通】交付単価
環境保全型農業直接支払交付金の交付単価
対象取組み | 作物区分 | 10a当たりの 交付単価 |
---|---|---|
有機農業 | そば等雑穀・飼料作物以外 | 12,000円 |
有機農業 | そば等雑穀・飼料作物 | 3,000円 |
堆肥の施用 | ー | 4,400円 |
カバークロップ | ー | 6,000円 |
リビングマルチ | 小麦・大麦以外 | 5,400円 |
リビングマルチ | 小麦・大麦 | 3,200円 |
創生栽培 | ー | 5,000円 |
不耕起播種 | ー | 3,000円 |
長期中干 | ー | 800円 |
秋耕 | ー | 800円 |
出典:農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」 所収「環境保全型農業直接支払交付金について(令和4年9月)」5ページ、「日本型直接支払制度のうち 環境保全型農業直接支払交付金 令和4年度 取組の手引き」6ページよりminorasu編集部まとめ
全国共通取組は、実施する取り組みによって、表のように10a当たりの交付単価が定められています。そばなどの雑穀・飼料作物以外の有機農業の取り組みが最も高単価で、カバークロップや、小麦・大麦等以外のリビングマルチも比較的高い単価が設定されています。
環境保全型農業直接支払交付金の取り組み事例
最後に、全国共通取組と地域特認取組から1件ずつ、効果の高い取り組み事例をご紹介します。
【福島県】地球温暖化防止に効果の高い取り組み(全国共通取組)
やえざくら / PIXTA(ピクスタ)
福島県では、令和2(2020)年に会津若松市・天栄村・喜多方市の3市村において、水稲の収穫後、できるだけ早い時期に稲わらをすき込む「秋耕」を実施しました。実施面積は3市村合計で4件、51haとなり、10a当たり800円の交付を受けました。
秋耕によって、稲わらに含まれる有機物の好気分解を促し、メタンガスの排出量を削減できました。それに加え、交付金の対象となったことで秋耕を行う農家が増え、稲わらやもみ殻などの野焼きも減少し、野焼きによるCO2排出を抑える結果となっています。
また、土壌の還元化や水稲の生育障害といった問題の改善にもつながるため、今後一層の取り組み面積拡大をめざしているとのことです。
出典:農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」所収「環境保全型農業直接支払交付金の取組事例(全体版)(令和4年4月)」10ページ「秋耕(福島県・全国共通取組)」
【新潟県】生物多様性保全に効果の高い取り組み(地域特認取組)
HiroHiro555 / PIXTA(ピクスタ)
新潟県の新発田市・上越市・柏崎市・佐渡市など19市町村では、新潟県の地域特認取組として、冬期間の水田に水を張る取り組みを行っています。これにより、鳥類をはじめとした湿地性生物の生息環境を守り、生物多様性を保全しています。
この取り組みは交付金の創設当初から続けられており、当時よりは面積が減少しているものの、県内の地域特認取組の中では最大面積を誇り、総面積は令和2(2020)年の実績で996haに及びます。
この取り組みによって、佐渡市は「生物多様性の保全」を付加価値として農産物の販売力増進につなげています。また、冬期湛水によって春の雑草の発生が抑えられ、除草剤の軽減につながった地域もあるといいます。
今後は、冬期湛水時に有機肥料を投入し、生物多様性保全の効果を一層高める取り組みを進めていくそうです。
出典:農林水産省「環境保全型農業関連情報|環境保全型農業直接支払交付金」 所収「環境保全型農業直接支払交付金の取組事例(全体版)(令和4年4月)」15ページ「冬期湛水管理(新潟県・地域特認取組)」
shirou-miz/PIXTA(ピクスタ)
環境保全型農業直接支払交付金は、営農活動を通じた地域の自然環境や生物多様性の保全に着目し、その取り組みを後押しするための制度です。
地球温暖化防止対策など国としての思惑もありますが、農家や地域にとっても環境保全に取り組むことは、農業を持続可能なものとして未来につなげるためにとても重要です。また、地力の向上やそれによる生産量の増加、担い手の保など、多くのメリットにもつながります。
これまで地域で行っていた取り組みが交付の対象となる場合もあるので、対象となる条件を確認し、積極的に制度を活用しましょう。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。