【スマート農業】IoTで何が変わる? 導入事例と今後の課題
デジタル技術を活用したスマート農業は、今や農業の発展に欠かせない重要な取り組みとなっています。その中で、IoTのメリットや活用方法にはどのようなものがあるのでしょうか。本記事では、農業のIoT化に当たって知っておきたい補助金の制度や課題、導入事例を解説します。
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目次
IoTは、デジタル化の基本ともいえるしくみで、さまざまなスマート機器やサービスに用いられています。IoTの概念を理解することで、AIやICTなどの先端技術が農業に活用されているしくみがわかり、効果的なスマート農業の進め方がわかるようになります。
スマート農業に欠かせない「IoT」とは?
Halfpoint / PIXTA(ピクスタ)
IoT(アイオーティー)とは、英語の「Internet of Things」の略で、日本語では「モノのインターネット」と訳されます。「モノ」をインターネットと接続することで価値を生み出すしくみのことです。
コンピューターやセンサー、機械などの「モノ」とインターネットを接続することで、データの収集や共有、監視ができるようになります。
日常生活でもIoTは活用されており、私たちの生活に深く関わっています。例えば、音声での操作が可能な照明や、人感センサが搭載された自動ドアなどがあります。
そして、IoTは農業でも活用されています。実際に活用されている例には、以下のようなものがあります。
- スマホで水田の水を管理できる「水田ファーモ」
- ハウス内の環境を自動で最適化する「環境制御システム」
- ハンドル操作を自動化する「自動操舵システム」
- データを集積・分析する「営農支援システム」
なお、似た意味を持つICT(アイシーティー)は「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略であり、情報通信を使って人やモノをつなげる技術そのものを指します。
IoTはモノとインターネットをつなぐことで価値を生み出す「しくみ」を指しますが、ICTはコンピュータやデータに関する「技術」を指す言葉です。
今、農業にIoT化が求められる理由
現在、日本の農業は「労働負担の大きさ」「担い手の減少・高齢化」「新規参入の難しさ」などの課題を抱えています。これらの課題はIoTで解消できるとして期待されています。
まず、IoT化により自動化を推進すれば、人が担う作業量が減少します。これにより、「労働負担の大きさ」が解消します。
また、IoT化により1人当たりの作業量が増えると、少ない人数でほ場が管理できるようになります。そのため「担い手の減少・高齢化」にも対応可能です。
さらに、IoTを活用して長年の経験・知識に基づいた技術をデータ化すれば、熟練者に頼るところが大きかった作業に再現性を持たせられます。データを元に判断できる作業領域が増えるため、「新規参入の難しさ」の解消につながります。
もちろん、経済的な負担の大きさや高齢化の解消など、農業の問題をIoT化で全て解決できるわけではありません。しかし、IoTを活用することにより、効率的かつ持続可能な農業が実現し、品質や収量の増加も期待できます。
IoTを活用した「スマート農業」がもたらすメリット
hamahiro / PIXTA(ピクスタ)
農業にIoTを活用することにより、以下の3つが実現します。
- 栽培管理の適正化による品質・収量の向上
- 自動化・省力化による労働負担の軽減
- ビッグデータの活用による属人化の解消
それぞれのメリットについて解説します。
栽培管理の適正化による品質・収量の向上
IoTを活用することで、データに基づいた栽培管理ができるようになります。そもそも計測が難しい作業や、計測・解析に多くの労力をかけていた作業を自動化することで、より正確で効率的な情報取得が可能になり、品質や収量の向上が期待できます。
例えば、センサーを使ったほ場のモニタリングシステムは、ほ場の環境データをセンサーで測定して栽培管理を適正化します。
ほ場やビニールハウスの数カ所に温湿度や気圧、照度などを計測する各種センサーを設置し、このセンサーにインターネットを接続すると、収集したデータをプラットフォームに共有できます。
プラットフォームにアクセスできるインターネット環境があれば、持ち主がどこにいてもほ場の状況を把握できます。また、蓄積したデータを解析することで、防除や施肥の適期を予測できるため、効率的かつ適切な管理ができ、品質や収量の向上につながります。
施設園芸の環境制御システムでは、IoTの活用により大幅な効率化や省力化が図れます。モニタリングの収集データを制御システムと連携させ、灌水や施肥、農薬散布、環境制御などをすべて自動化することも可能です。
自動化・省力化による労働負担の軽減
IoTによって作業を自動化すれば、人手による労働を大幅に削減できます。これにより、従業員の労働負担を軽減できます。
例えば、前述のモニタリングシステムを導入すれば、ほ場の様子を遠隔で監視できるため、離れたほ場まで何度も足を運ぶ必要がなくなります。また環境制御システムは、ハウス内の温湿度の制御や施肥、農薬散布を自動化できるので、作業負担を軽減できます。
その結果、農業の課題の1つである「労働負担の大きさ」の解決にもつながります。
ビッグデータの活用による属人化の解消
農業では、熟練者の経験や知識が非常に重要です。環境や状況の変化に応じた的確な判断は経験が浅いほど難しく、品質や収量を下げる要因につながります。
しかし、ビッグデータを活用すれば、膨大な事例を解析した知見が容易に得られ、経験が浅くても的確な判断ができる領域が増えます。
例えば、自身のほ場と似た状況の栽培履歴をビッグデータから抽出して分析すれば、起こりやすい問題点や失敗の傾向が掴めます。実際の生育状況と照らし合わせて検証することで、より確実な対策をとることが可能です。
このように、IoT化を進めることで初心者でも農業に取り組みやすくなり、知識や経験の不足から品質や収量が低下するリスクを下げられます。結果として就農のハードルが下がり、担い手の増加が期待できます。
IoTを活用したスマート農業の導入事例
cba / PIXTA(ピクスタ)
IoTの技術を活用したスマート農業の代表例には、自動操舵機能がついたトラクターが挙げられます。自動車の自動運転と同様に、通信技術を使って位置情報を把握し、自動操舵によって運転をサポートします。
▼自動操舵が可能な無人トラクターでできることや活用事例は以下の記事で解説しています。
ここでは、トラクターを除いた個人農家でも比較的導入しやすい事例を3つ紹介します。
「ほ場水管理システム」の導入で水田の水管理を省力化
北海道士別市の上士別北資源保全組合は、「国営農地再編整備事業」による水田の大区画化などを行い、水稲栽培の効率化を進めていました。
その一環として、日常的な水管理の省力化にも取り組んでおり、2020年度には「多面的機能支払交付金」を活用して株式会社クボタケミックス製のほ場水管理システム「WATARAS」を導入しました。
「WATARAS」は、水田の給排水をスマートフォンなどの端末機器でモニタリングしながら、遠隔操作や自動制御ができるシステムです。これにより、広域な水田を移動しなくても水位と水温を確認できるようになり、自宅や外出先での水管理や自動給水が可能になりました。
少ない労力と時間で水管理ができるうえに、管理データの集積も可能です。同システムを活用してからは、5月〜8月の水管理にかかる作業時間が76%削減され、さらに冷害危険期の深水管理が的確に実践できたことで、品質と収量の高水準な安定化を可能にしています。
地域では「田んぼダム」として、洪水被害を軽減する効果などが期待されています。
出典:農林水産省 「農業新技術活用事例(令和4年度(2022年度)調査)」所収「ほ場水管理システムの導入による水田の水管理作業の省力化」
ハウス内環境の見える化と栽培管理の適正化により収量と品質が倍増
茨城県笠間市で大玉トマトを栽培する「M農園」は、IoT化によりハウス内環境の改善を図っています。
本農園では、多収を実現するため2013年度からIoT機器の導入を始めています。はじめに、株式会社誠和の「環境測定装置」を導入して、ハウス内環境の見える化を図りました。
その後も補助事業を活用して、2017年には炭酸ガス発生機(ネポン株式会社)の導入、2018年には細霧冷房装置(株式会社ノーユー社)の導入、およびハウスのかさ上げ工事を行い、ハウス内の環境整備を進めました。
2019年には統合環境制御装置(株式会社誠和)を導入し、栽培管理の適正化を図っています。
また設備の導入だけでなく、普及指導員の支援を受けて週1回の生育調査も行っています。これにより、作物の生育状態に合わせた環境の制御や管理が実施できているようです。
その結果、取り組みを開始した2013~2014年の反収は15tでしたが、2020~2021年の反収は30t、2022~2023年の反収は27tと、反収がおよそ2倍になりました。
出典:農林水産省 「農業新技術活用事例(令和4年度(2022年度)調査)」所収「環境制御技術導入による長期越冬どりトマトの収量・収益性の向上 」
「IoT×AI」で栽培管理を適正化。病害への早期対処も実現
近年、ドローンやAIの性能が向上したことで、上空で撮影した航空写真をもとに、作物の生育や病害虫の発生などを予測できるようになっています。
さらに、衛星データによるほ場管理システムも開発されています。
ドローンや衛星データによるほ場管理では、ほ場にIoT機器を直接取り付ける必要はありませんが、ほ場の状態を人工衛星のカメラ(=センサ)で捉える点から、ドローンや衛星データによるほ場管理もIoTの1つといえます。
新潟県で水稲とそばを栽培する農事組合法人「上関ふぁーむ」は、栽培管理システム「ザルビオ」を活用して衛星データをAIで分析し、収量の増加に成功しました。ザルビオの「生育ステージ予測」や「病害アラート」などの機能を活用することで、的確な栽培管理を実現しています。
具体的には、経営者が恐れていたいもち病の早期発見・対処が可能になりました。また、生育マップによる適切な可変施肥や、生育ステージ予測機能による適期の収穫により、収量が増加しました。
新潟県 農事組合法人上関ふぁーむ様
■栽培作物
米・そば
▷生育ムラ・病気・刈り取り適期の確認
▷ザルビオとドローンなどの最新機器を活用し、農業の効率化を図りたい
▷病害アラートで発生にすぐ気づくことができ、いもち病への早期対処が可能に
▷生育マップを活用した可変施肥により、収量がアップ
▷生育ステージ予測機能を利用し、収穫タイミングの正確性向上
農業のIoT化で検討される3つの課題
Scharfsinn / PIXTA(ピクスタ)
農家がIoTの導入を躊躇する理由は、主に3つあります。
1. 導入コスト・運用コストの問題
IoT化の推進で最も大きな課題が、コストの高さです。IoT機器は高額なものが多いうえに、通信費などのランニングコストもかかるため、小規模農家にとって重い負担になることがあります。また、費用対効果が見えていないことから、導入を躊躇する人もいるようです。
とはいえ、スマート農業やIoTの導入は今後の農業の発展に有効な手段となるため、国や自治体は補助金の給付や支援事業に取り組んでいます。
農林水産省以外にも、「IT導入補助金」や自治体の支援事業など、農業分野に限らず広い産業を対象にした制度もあります。
▼スマート農業に関する補助金制度については、以下の記事も参照してください。
2. IoT機器の仕様が合うかわからない
2つめの課題は、ほ場によって最適なIoT機器は異なることから、選択が難しい点です。
扱う作物の品種や栽培方法、気候や環境が同じほ場はありません。そのため、最適なIoT機器は異なります。ほ場によっては既製品の仕様が現場の需要に合わない可能性もあります。
導入時には、実際に同じ作物の栽培に使用している農家に相談して、自身の状況と照らし合わせながら選ぶと失敗のリスクを下げられます。また、幅広い用途に対応している製品を選ぶことで、IoT化できる作業の範囲を広げられます。
今後、より多様な条件に対応できる製品の開発が望まれます。
3. IoT機器を使うインフラが整っていない
3つめの課題は、農地のインフラが整っていない地域があることです。IoTを活用するには、ほ場にインターネット環境が整備されていることが前提ですが、多くのほ場がまず通信環境を整備するところから始める必要があります。
また、IoTを有効活用するには、スマート技術を扱える人材やシステムの整備が必要です。IoTに慣れていない場合は、まずは安価かつ簡単に利用できるシステムを導入するなど、導入しやすい工夫をすることも大切です。
手軽にIoT化を実現! 栽培管理システム「ザルビオ」
ザルビオ「生育マップ」。生育の悪い場所(赤い場所)をピンポイントで把握
画像提供「BASFジャパン株式会社」
前出の課題を解決できるIoT化の方法として、事例でも紹介した「ザルビオ」があります。衛星データとAI分析により、ほ場の状態を見える化し、的確な栽培管理を実現できます。
1.初期投資なし。ランニングコストが安い
ザルビオは、衛星画像を利用してセンシングを行います。新たな測定機器を購入する必要がないため、初期投資は不要です。また、ランニングコストも月額1,100円からと安く利用できます。
2.ほ場を選ばない
人工衛星の画像データを使用するため、ほ場の規模や形状にかかわらず、どのようなほ場でも利用できます。対象の作物は18種類に限られますが、水稲や大豆、小麦など代表的な作目に対応しています。
3.インフラの整備が必要ない
IoT機器として人工衛星を利用するため、ほ場にセンサや制御機器を設置する必要がありません。スマホやPCを使える環境があれば、IoT化を進めることができます。
4.これまで見えなかったデータが見える
ザルビオでは、例えば以下の機能が利用できます。
- ほ場内の地力ムラが細かく見える「地力マップ」
- 日々の生育状況を確認できる「生育マップ」
- 最適な作業適期がわかる「生育ステージ予測」
- 病害の発生リスクを教えてくれる「病害防除アラート」
熟練者にしか見えていなかった情報がAI分析により可視化されます。利用できるデータが増え、的確な栽培管理ができるようになります。
CelsoDiniz / PIXTA(ピクスタ)
IoTと相性のよい大規模栽培が主流のアメリカでは、スマート技術を活用した農業は「AgTech(アグテック)」と呼ばれ、広く浸透しています。近年は日本でも農地の大規模化が進んでおり、スマート農業への取り組みが広まっています。
日本では、急激な少子高齢化に伴い労働人口が減少しています。その中で農業が発展するには、生産力の向上や効率化が図れるIoT化が必要と考えられています。補助金なども活用しながら、ほ場に適したサービスの導入を検討していくことがおすすめです。
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minorasuをご覧いただきありがとうございます。
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大曾根三緒
ビジネス、ペット、美術関連など多分野の雑誌で編集者として携わる。 全国の農業協同組合の月刊誌で企画から取材執筆、校正まで携わり、農業経営にかかわるあらゆる記事を扱かった経験から、農業分野に詳しい。2019年からWebライターとして活動。経済、農業、教育分野からDIY、子育て情報など、さまざまなジャンルの記事を毎月10本以上執筆中。編集者として対象読者の異なるジャンルの記事を扱った経験を活かし、硬軟取り混ぜさまざまなタイプの記事を書き分けるのが得意。